塩見 鮮一郎公式WEB 掲示板

過去ログ3023 2017/1/7 10:11

▼わかけん
馬喰
さいきん飲みながら話していると、親父の叔父かなんかに、超遊び人の馬喰がいたり、
お堅い家系と思いきや、あんがい踏み外した人間が多いことも聞いたりして、さらに驚かされました。
人生どう転がるかわかりませんね。
わたしはさんざん遊んだので、これからはカタブツになります。

嘘です。
1/7 10:11

▼わかけん
どうでも良い戯言
神戸で亡くなった娘や、我がままな妻のことばかり詠んでいた岐阜の実家の父親ですが、
いつの間にか、こんな歌を詠むようになっていました。

井戸底に月の光を覗きみる堅き禁忌を犯すがごとく
星の庭一輪の薔薇まぶしかり王子ならずも旅に出るべし

「べし」や「ごとく」で良いのかとか、もろもろあるのでしょうけど、
あのカタブツ親父が、齢80でついにこんな境地に達したのかと、驚いています。
1/7 10:10

▼咲
あき、かあ。
いいですね。「袖ほす暇も」、こんなのなかなか出ません、私には。
「夏子」はもちろん書き直しますが、4月に読んでいただくのは「杏子」で、はるです。その次の、「君子」が、あきです。センセイのことばを噛みしめ、考えます。
園枝、夏子、杏子、君子と。最後はまだ決めていません。君子を書いてから、そのときにはっきりすると思います。センセイに最後まで読んでいただきたいです。まずい小説ですが、我慢してください、申し訳ありません……。
1/7 9:39

▼世話係
どうでもいい、付言
「この秋は独りわが身の秋となり、
起き伏し露の床とはに、
故郷しのぶ御涙
言の葉ごとに繁ければ、
さらでも重き濡れ衣の、
袖ほす暇もなかりけれ」

いいですね、本当にいい。
河竹黙阿弥が多用した五七五のセリフです。江戸の人も、『太平記』から耳に入れていたのでしょうね。
1/7 3:06

▼世話係
読書に
後醍醐はついに実子を足利に渡し、
尊氏は鎌倉にいる弟の直義(ただよし)に命じて、二階堂(いま「鎌倉宮」)の「土牢」に幽閉した。

第12巻は、平安時代初期の管原道真の
記事が長々と挿入されている。
藤原時平(ふじわらのときひら)の讒言で
九州大宰府へ送られ、無念の死を
むかえる。その後、京都には落雷による火事や、豪雨がつづいた。

そのことが、護良親王のケースと似ていると作者はいいたかったようだ。

ミチザネの心境を、
「この秋は独りわが身の秋となり、
起き伏し露の床とはに、故郷しのぶ御涙
言の葉ごとに繁ければ、さらでも重き濡れ衣の
袖ほす暇もなかりけれ」 と記している。
1/7 1:14

▼世話係
読書は
後醍醐もたいした人物ではなかったようだ。
戦禍で国土は疲弊しているのに、
巨大な「大内裏(だいだいり)」を計画する。
各人への恩賞も適当だったらしい。

不満がうずまき、失意の声が広まる。
一方、過分な土地を与えられた者たちは
贅沢の限りを尽くす。

火事が頻発し、妖怪が空から降りてくる。
讒言もおおい。
後醍醐(諱が尊治)から一字をもらい、足利尊氏になった高氏は、
大塔宮の護良親王に反逆のしるしがあると、後醍醐に讒訴した。
1/7 0:23

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