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塩見 鮮一郎公式 掲示板
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わかけん
新宿
あれだけうろついていたのに、足が遠のきました。
大言壮語の詩人は清水昶ですか。調べちゃいました。
兄、清水哲男。兄の方が世話人さんとほぼ同年なんですね。誕生月まで同じ。河出にいたのは兄哲男で、新宿で酒修行中、弟がやって来て大風呂敷を広げましたか。三木卓もそばにいたのかな。
詩人が存在感を放っていた時代ですね。
2/22 10:58
世話人
大言壮語の人
亡くなっていました。調べなければよかった。
それも2011年に70歳で。
兄も詩人で、つい調べましたら、2022年に、享年84。
いっぱい、詩を書いています。
わたしも、まだ時間があるならば、拝読します。
合掌。
2/22 2:40
世話人
その後は
もう、ポストトランプの話ですか。
そう、もうすぐ。
いちど起きたことは、起きたのです。
歴史はもどらない。
アメリカが民主主義を世界に説くことはありません。
生き残るのは、ミリタリニズムです。
日本はたぶん、追従する。
2/22 2:25
世話人
鎖国
おおきなテレビを
ちいさなテレビに変えた。
アメリカもイランも映らない。
国会も広すぎる。
うちのまわりだけ。
いやドア鎖錠した。
それでもおおきすぎる。
デスクとバソコン、
それにテレビだけ。
2/21 14:58
世話人
負けない
つもりで遊びました。
貪欲に、いやしく、ケチケチと、食ったり飲んだりです。
母が料理屋だと言いまくりましたが、
わたしの「おいやし」と母はたぶん関係ない。
わたしがサケを修行するのは、新宿です。
もう行きたくもないし、行けませんが、
へんなところでした。
あそこで酒のんで大言壮語した詩人がいました。
あんたを尊敬します。
2/21 2:35
わかけん
芭蕉庵のとなり
ありましたね、古民家カフェ。酒も出してた。
貧民の帝都、の頃でしたか。当時、わたしは新大橋に住んでいました。すぐちかくに江島杉山神社。そこの訪ねましたね。打ち上げは魚三常盤店に行った気が。二階でどーんとサカナを食べ四合徳利を傾けました。なつかしい。
いま、森下に舞いもどり6年目です。くもさんのマンションを眺めつつ、小名木川を送迎車で渡ってます。
2/20 9:52
世話人
塩見鮮一郎の「こぼし」
は、注意して読まなければなりません。
当人はフェイクのつもりはなくても、
ボケ進行結果、いつも、いいかげんになります。
新幹線延伸計画はずっと前からありますが、
そのコースは未定です。
とくに大阪市の動きが政治的です。
維新という阪神が度座っています。
若狭を通したい。通さなければ、
一帯は死に体です。
2/20 0:45
咲
お茶の日々
その女性は当時、神田に通っていた方のうちのお一人ですね。
ちょうどその頃、私は清澄白河へ引っ越したばかりで。蜘蛛さんにあちこち案内いただきました。清澄白河から月島を越えてお台場まで散歩したこともあります。
蜘蛛さんの部屋で、なんでもないことを話しながらお茶を飲む。清澄白河での9年間の日常を支えてくれました。
2/19 8:51
世話人
ぼけぼけでしたか
そうですか。
あの日のことは割とおぼえていて、
両国橋の中ほどで、蜘蛛さんが、川風に顔をさらして
実に生き生きとしていたことも記憶にあります。
そして、若さんに案内されて、
隅田川左岸をくだったのです。
やっててよかったです。
そして、あの喫茶店。
教室のような設えのあのコーヒーショップ。
もちろん、とっくに無くなっています。
そうですか、蜘蛛さんと並んですわっていた女性は
だれだったか。
咲きさん、まちがえて、ゴメン。
2/19 1:34
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