
久保田
「最後の夜が終わったら」の件 A
大学の時、ある映画プロデューサーに出会い、
会ったその日に「お前にしか撮れんシャシンを撮ってみせてくれ」
と言われ、以降、その言葉が私の全てとなりました。
それは、私の生きる『よすが』であるとともに、
私をがんじがらめにし、苦しめる『鎖』でありました。
結局、シャシンを撮ることは叶わず、
その後、そのプロデューサーから「小説を書いてみろ」と言われ、
小説に挑みましたが、
そちらでも、彼に披露できるような作品を書くことはできませんでした。
これで終わりにしようと定めて、
この「最後の夜が終わったら」を書きあげた少し後、
彼は病に倒れ、数か月後、亡くなりました。
すさまじい喪失感でしたが、それと共に、不思議な解放感に浸りました。