塩見 鮮一郎公式 掲示板
過去ログ4786
2026/2/21 2:32
▼世話人負けないつもりで遊びました。
貪欲に、いやしく、ケチケチと、食ったり飲んだりです。
母が料理屋だと言いまくりましたが、
わたしの「おいやし」と母はたぶん関係ない。
わたしがサケを修行するのは新宿です。
もう行きたくもないし、行けませんが、
へんなところでした。
あそこで酒のんで大言壮語した詩人がいまにいました。
あんたを尊敬します。
HP
▼世話人負けないつもりで遊びました。
貪欲に、いやしく、ケチケチで、食ったり飲んだりです。
わたしの母が料理屋だと言いまくりましたが、
わたしのおいやしと母はたぶん関係ない。
わたしは、サケを修行するのは新宿を知ってです。
もう行きたくもないし、行けませんが、
へんなとこでした。
あそこで酒のんだ詩人がいまにいますか。
HP
▼わかけん芭蕉庵のとなりありましたね、古民家カフェ。酒も出してた。
貧民の帝都、の頃でしたか。当時、わたしは新大橋に住んでいました。すぐちかくに江島杉山神社。そこの訪ねましたね。打ち上げは魚三常盤店に行った気が。二階でどーんとサカナを食べ四合徳利を傾けました。なつかしい。
いま、森下に舞いもどり6年目です。くもさんのマンションを眺めつつ、小名木川を送迎車で渡ってます。
▼世話人塩見鮮一郎の「こぼし」は、注意して読まなければなりません。
当人はフェイクのつもりはなくても、
ボケ進行結果、いつも、いいかげんになります。
新幹線延伸計画はずっと前からありますが、
そのコースは未定です。
とくに大阪市の動きが政治的です。
維新という阪神が度座っています。
若狭を通したい。通さなければ、
一帯は死に体です。
HP
▼咲お茶の日々その女性は当時、神田に通っていた方のうちのお一人ですね。
ちょうどその頃、私は清澄白河へ引っ越したばかりで。蜘蛛さんにあちこち案内いただきました。清澄白河から月島を越えてお台場まで散歩したこともあります。
蜘蛛さんの部屋で、なんでもないことを話しながらお茶を飲む。清澄白河での9年間の日常を支えてくれました。
▼世話人ぼけぼけでしたかそうですか。
あの日のことは割とおぼえていて、
両国橋の中ほどで、蜘蛛さんが、川風に顔をさらして
実に生き生きとしていたことも記憶にあります。
そして、若さんに案内されて、
隅田川左岸をくだったのです。
やっててよかったです。
そして、あの喫茶店。
教室のような設えのあのコーヒーショップ。
もちろん、とっくに無くなっています。
そうですか、蜘蛛さんと並んですわっていた女性は
だれだったか。
咲きさん、まちがえて、ゴメン。
HP