塩見 鮮一郎公式 掲示板

過去ログ4773 2026/1/25 9:20

▼滝川
美酒
塩見先生。
遅ればせながら本年もよろしくお願いします。

昨夜のんべい横丁に行きました。
ママは88歳。川崎生まれで疎開先は秋田。戦後、東京で子守りなどの家政婦をされていました。結婚した旦那は渋谷の流し。ギター片手に歌った同じ頃にはサブちゃんもいたそうです。
音源を録音したテープを聴かせてくれました。「麦と兵隊」「旅笠道中」「野崎小唄」「すみだ川」。亡き旦那さんの色っぽい声。
一緒に口ずさむと、ママがティッシュで目頭をおさえました。はにかむ表情が少女のようで素敵でした。これこそ美酒。

本日は、お嬢様の呑み講座に参加してまいります。 Up 1/25 9:20


▼世話人
老いの話がくだらないのは戦わないからだ
いつも、たえず、戦うことに命の炎を燃やすのだ。
戦前、アメリカ人を殺すことを、
三勲小学校の女先生は言い、痩せ少年に慰問袋に入れる作文を書くように指示した。
「死なないで、お父さん」と少年は書いた。
だれとも知らない兵隊さんに。
戦後の女先生は、小豆島の先生のように、生きろといった。
平和に生きろといった。
センセイは好きだったが、また嘘だと察していた。

少年は敵に勝ちたいと、ひそかに思った。
戦後の憲法は、まったくのマヤカシですが、
マッカーサーに屈しないためには
米国を拒絶することだと、少年は覚醒しました。
それから80年以上の時間が過ぎ去ります。

なにも変わらない。
トランプという馬鹿正直の男が、アメリカとはなにかを教えてくれています。

HP

▼世話人
読書(続)
おーい。
北斎の娘です。
大飯原発です。
こぼしの記事と偶然、音がかさなりました、
しかも、偶然にいま若狭は大雪です。

これは前説(まえせつ)です。最近、前説が長くなります。
言いたいことは、一行なのに。

『応為坦坦録』の2行目。

お栄(えい)は吾妻橋の橋の半(なか)ほどでフと足を止めると

とあります。ふとをフと表記するなど、小憎らしい。
が、「吾妻橋の橋の半ほど」
と書きますか。
よほどの考えがあったのではないかと案じて、日も暮れた。

HP

▼世話人
たまには読書
ぼうと、半眼の構えで頬杖でいると、
ヘルパーの令嬢は、ふかく同情したのか、
図書館から『すべての、白いものたち』と
山本昌代の『応為坦坦録』を借りてきてくれた。
どちらも河出の本だった。
山本昌代は刊行時、すぐに読んで、これぞ戦後の文学至上主義の小説だと手をあげた。
まだ学生だと言うが、その文体のぎりぎりさ、
弓を発する瞬間の天も裂ける緊張はさすがでした。
いつの間にかイギリスに行ってしまい、作品はなくなります。

もうひとつのハン・ガンの白い言葉とのたわむれも、
とても文学的でした。

いずれも、わたしは好きで、それらの本を刊行した出版社に拍手でした。
過去のあの会社にです。
(ふたつの本の刊行年がおおきく離れているのは承知之助です)

HP

▼世話人
ちょうちょボケ
アタマが静かなんです。
アップしないまま、2回も原稿がすべりました。
つまり、ぼうとしていて、コメントを書きながら、
二度も今夜は消しました。

で、アップできなかったのはいいのですが、
なにをテーマにして書いたのか、アタマの上に生えている
一本の毛ほども、記憶してないこと。

それって、なに。
もうなにも言えないということでしょうか。

HP

▼世話人
ダークランド州
占領して、グレーハウスを建て、そこで執務を行う。
ロシアがせめてきたら、
アーミーに戦わせる。負けない。モスクワにミサイルの雨。
ボクは強い。でしょうか。
ガザの瓦礫のあとを忘れない。
墓標の列を悲しむ。

HP

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