塩見 鮮一郎公式 掲示板

過去ログ4747 2025/11/18 5:55

▼ヒロキ
手元の
「新日本文学」バックナンバーの目次をめくっているが、原田氏の名が見つからない。
学校帰り、「ミヤ」での飲み会時の彼の笑顔が、浮んでくる。
今春、ポロポロの帰りに、東中野をあるいたが、ミヤは、依然として更地のまま。
コロナ禍前の西武新宿の貸し会議室は、どうなったのか、


▼世話人
記憶は確か、
2025年3月31日午後、
蕎麦屋「山葵」で、数人の仲間と飲んだ。
シュポさんが、180メートルほどの道程をエスコートしてくれた。
あれが本物の最後の記憶になった。
すべてのプランが切断された。
成仏できまい。

HP

▼祐佳
『マリオのUFO』水沫流人著 再読
ブラジルに移住した日本人の少年マリオが、スモウ稽古で死んだジョゼのオターマを追う奇譚。
ブラジルを知らない日本人にも分かるように、丁寧且つ簡潔に描写されていますし、ブラジルに移住した日本人の生活もよく分かります。
原田さんのユーモアが随所に感じられて、心にジンときてしまいます。
いい作品ですよね。
私が小説を書き始めた頃には気づかなかった原田さんの筆力を、あらためて感じました。
此岸にいないのが、いまだに信じられません。


▼山陰のSM
尾木ママ、慎吾ママ、そして原田ママ(2)
僕の中にいる原田さんは輪の中心ではなく隅の方にいて、いつもおだやかに笑い、誰かのお世話をしています。
ケイタイの電話帳にあるあなたの番号をひらき、眺めていると、画面にふれてつい呼び出してしまいそうになる。緑荘の固定電話はだれかに受話器をとり上げられることもなく、鳴りつづける。
出会いがあれば、かならず別れがあるとは知ってはいますが、お別れの時がきたような気がしないんですよ、原田さん。


▼山陰のSM
尾木ママ、慎吾ママ、そして原田ママ(1)
10月17日金曜日。朝、僕は缶ビン類のゴミ出しをし、汚れたてのひらを作業ズボンでぬぐって車のハンドルを握った。会社で5時間働いてから遅めの昼休みをとり、高齢者施設まで走って塩見さんとおなじ年生まれの母親をひろい、インフルエンザの予防接種をさせてから仕事に戻るという、いつもとおなじような、少し違うような一日を送りました。
昼食は薄日が差すコンビニの駐車場、軽自動車の運転席でおにぎりを食べましたが、ああ、上京してみんなに会いたいなとふいに思い、会いたい顔の中には僕の送別会を新宿の沖縄料理店で主催してくれた原田さんもいて、今のこの生活をあの頃につなげ、歳はくったが書くことを再開するきっかけにしたいなと、ペットボトルのウーロン茶でおにぎりを流しこみながら考えました。


▼小梅村
シュポ忌1
文学学校の時、合評作品を朗読してテープに吹き込んでくれました。私の作品を読んでもらうことはもう叶いません。

花見が雨で難しかった時、造花でさくらを作りました。私が「これが本当のさくら」と言ったら、ぶぶーと言っておこりました。


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