塩見 鮮一郎公式 掲示板

過去ログ4733 2025/10/10 2:51

▼世話人
読書J
敗戦を境にして、教育制度も大混乱です。
だれか、ちゃんと書かれた御仁がいらっしゃいますか。
いまの中学3年間は、戦前になかった学校です。
進駐軍が自国の制度をもちこんで、強引に作らせ、義務化にしたのです。
校舎もない、先生もいない。教科書もない。

15歳になって旧制の中学の校舎へ。2中と1女が焼けずに
残っていた。

おどろいたのは、その双方の図書館です。イギリスの映画に出てくるような、
重厚でひろい。天井までつづく本棚。
その蔵書数。
いまの15歳がゲームに熱中するように、通いました。
渡り廊下でつながっていました。

HP

▼ヒロキ
東郷坂
5、6年振りに通りました。
坂下の小学校は改築されていて、東郷公園は工事中でした。その昔、この公園で、花見をした記憶があります。
朝早かっので、靖国通りのD.Coffeeでモーニングセットを食べました。480円、おばあさんが、慣れぬ手つきでハムトースト作っていて、隔世の感です。
出勤前の利用客の表情は、昔も今も変わらないです。


▼SYUPO
『英語教師の日記から』について
世話人さんが、「……いまより生徒も学生も大事にされていた」と書かれている点が、たいへん印象的でした。

少し拾い読みしただけですみませんが、先生が生徒たちと歌いながら行進するという、とても気持ちの良い文章の後、「教師の能力と個人の品性」といった「資質」に欠ける場合、生徒たちによる「革命運動が起きて教師はたいてい馘にされてしまう」と書かれており、非常に面白かったです。
たしかにハーンは西洋文明を厭うあまり、その対立物として日本の教育を持ち出し、理想化しすぎているきらいはあります。
しかし、世話人さんの仰るような視点も、大切だと思いました。


▼世話人
読書I
だんだん、書評からそれた。
それた理由は、「学校」にある。
「国家」と「学校」は、戦争に直結している。
(軍人や画家などのだれかれは、戦犯として裁かれたが、学校は生き残った。戦地へ生徒を送り出した教師も免罪になったのか、戦後の六三制でも教壇に立っている。学校制度は廃止されなかった)

そのことはいつか書いたような気がする。
いま、いろいろと考えていて、
日本の小学校や、戦前の政府が教育にかけたプラスの面も気になりだした。

つまり、いまより生徒も学生も大事にされていた。
そのことに気がついていたのに、わたしは教条的にしか語らなかった。
八雲の語る明治の中学校を読んでいて、
詩人より学校に関心が移った。

HP

▼世話人
読書I
だんだん、書評からそれた。
もう止めよう。

それた理由は「学校」にある。
「国家」と「学校」は、戦争に直結している。
(軍人や画家などのだれかれは、戦犯として裁かれたが、学校は生き残った。戦地へ生徒を送り出した教師も免罪になったのか、戦後の六三制でも教壇に立っている。
学校制度は廃止されなかった。

そのことはいつか書いたような気がする。
いま、日本の小学校や、当時の政府が教育にかけたプラスの面も気になる。

つまり、いまよりも、生徒も学生も大事にされていた。
そのことに気がついていたのに、わたしは教条的にしか語らなかった。
八雲より関心が学校に移った。

HP

▼世話人
読書H
『伯耆から隠岐へ』と同じころ書かれた『英語教師の日記から』という、すこし枚数のかさむ作品があります。ほんとの日記ではなく、日記の体裁を借りた松江の中学校の微細な記録と言っていいでしょう。
のちに反省するのですが、若き語学教師は初めて体験する東洋島国のあれこれに
なんでも興奮して書き留めたい。
維新後の日本人にとっては貧しく汚く見えていた日々の習俗が、
貴重なユートピアになったのです。

学校。始まったばかりの学校。
先生が歌い、そのあと生徒が歌う。歌いながら行列して家に帰ってくる着物の子たち。
みんなうれしくて、うれしくてたまらない。

教育は天皇制を幼児のやわらかい頭にたたきこみましたが、
一方では、江戸時代の農家では考えられない集団の楽しさ。
先生と生徒がほんとに仲が良かった明治初年が、
八雲によって書き留められています。

戦争末期でも、わたしは幼稚園に行きたかった。

HP

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