塩見 鮮一郎公式 掲示板

過去ログ4571 2024/10/13 1:42

▼世話人
戦争と選挙
どちらも根は同じ。
規模が違うだけ。
戦争反対を言うなら、選挙反対と言え。

深く深く教え込まれた、戦後の選挙信仰。

HP

▼咲

センセイに時間をとっていただくこともなかった出来でした。申し訳ありません。
批評を読むうちに、薄いと気づきました。薄めようとは思っていませんが、結果がすべてです。
今回、私の手応えは、人物が勝手に増えたことです。無理でも挑戦しようという気になりました。センセイがおっしゃっていた、長さを書くためには高さ・深さが必要であることは、第一稿では乗り越えられないと思っています。
この作品は、私の原点であり、立ち戻ってからの初心です。23年前と同じ道を歩かないようにします。もう一度、センセイに『桃源郷』を読んでいただきたいです。ありがとうございました。


▼世話人
読書E最終
咲恵水の戯曲の構造は、一同が出入りする広間や待合室が舞台になり、
そこで交差する人物の会話で、隣室など近くで起きる事件を語る形です。
今回は1階の応接間。
一幕もののかまえです。

中心人物は、女子の高齢者。認知症のもよう。新宗教に依存している。
未完なので評価はできませんが、
長くなるのなら、一幕もののスタイルでは、つらいかも。
ひろい野原に一本のレールを敷いて、そこを走って行くイメージです。テーマが遠ざかります。

HP

▼世話人
読書D
作品が長くなると、
リズムを踏むための、くりかえしが現れました。
数行前と同じ語を使用しているのは、ちょっとの注意でやめることができます。
作者はわかっていて使っている。テーマがずれて置いてけぼりにされそうなので、文章で修復しようとしています。
戯曲のセリフではリフレインなど常用されますが、散文では冗長です。弛緩でした。

そのことに気がついたのか、
今回の『桃源郷』は散文ではなく、戯曲でした。

(ここまではジャンルの考証です)

HP

▼世話人
読書C
たとえば

「いくつぐらいの年齢で書いたのか、どこかで修行したのか、知りません。
ただ、すでにできあがった作品でした。
これ以上なにを知りたいのか。書きたいのか。
知り得たのは、こんどは「散文の長編」に挑戦したいという意向でした」

このような書き方です。「知る」がキーになる言葉で、
わたしは前進するために、思わず多用しています。

「いくつぐらいの年齢で書いたのか、どこかで修行したのか、知りません。
ただ、すでにできあがった作品でした。
これ以上なにを書きたいのか。
こんどは「散文の長編」に挑戦したいという意向でした」

リズムは崩れますが、これでいい。

HP

▼世話人
読書B
散文に転じて書いていて、
咲恵水は、もどかしい思いをしたのではないかと、推測しています。
その感覚を説明するのはむずかしいのですが、
そこにこそへそがあります。
散文の特徴は、手紙のようにテーマ(用件)があり、それが筆をすすめます。
小説ならストーリーを展開します。
咲さんもわかっています。それだから、文章ができあがります。
登場人物を動かします。

ただ、表現した文章が書きたいことと結合しているか。
ずれているかどうか、自問します。
梅田の地下鉄に乗ってトンネルの壁を見ているようです。
地下鉄は早く、ちかくの壁の記号を読み取れない。
言いたいのは、文が先走って内実が置き去りにされた感覚です。
読み返しても、手応えがない。
そのときは立ち止まり、待つしかないのですが、
作者はそれを真正面に捉えようとします。
たとえば

HP

45724570

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