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過去ログ435 2009/3/8 14:24

▼山本
読者
読者というものはさまざまな読みをして、自分の中にその解釈を持ち込んでいくものですが、それを直接的に書き手に返されるのはいたし方のないこととはいえ、大変だと忖度いたします。

よく、こなしておられるものだと思います。
3/8 14:24

▼世話係
意気軒昂
か……
「ああ」「うー」

『老後の楽しみ』をこれで終わりとしますといっただけです。
3/8 0:38

▼KO
はっ、
と、はい、がいっぱいあった。
はっ、の意味がわかってうれしかった。


孤高だな、と思った。
毒された自分が気がつかなかったのは当然だ。
そして、そのあと、モーレツにうれしくなった。
これは2週間くらい前に送りたかった気持ちだ。かりそめでない本心を言えば、お互い十年前に会いたかった。今、初めて老後の楽しみを読んだが、
じじむさい。じじむさすぎる。山本さんに言われた言葉を自身に返すべきだ。何をそんなにじじむさいことを言っているのか?まずは、もう書かないといっている小説、孤高、いや、もと上の小説を書いてください。大江健三郎は、ノーベル賞をとる少し前、70歳前後だ。まったく同じ事を言っていた。ほうこの女々しい男も引退ですか、と思った。そう言っていて、その後もそれなりにいい小説を書いた。お金を稼いだ。嫌いですよ。同じであるはずがない。そこでやめてしまってもらっては嫌だ。もっと恐くて、ひりひりするような高い人でいつづける覚悟を決めてください。というより、あなたが伝えたいと思っていることが、まだ、日本全国にはりかいされていない。じじむさい、では軽蔑にあたいする。岡坊さんに、本気で小説をかけ、私も長生きするから、って言っていましたよね。実感と本音をごまかす人はきらいです。言いたかったことを理解してくれている人は、まだすくなすぎる。私の大好きなおじちゃんは来年90です。まだまだできます。私もやるつもりです。がっ、としていてください。
3/7 21:36

▼岡坊
老後の楽しみ
が完結ですか…。
『仙人になる』を読んで、井上井月の句を思い出しました。
  落栗の座を定めるや窪溜り
3/7 15:12

▼KO
持ちより
レースの始点まで小型のトラックで運ぶ。みんな集めてから運んで放つのだ。これを持ちよりという。悪友と二人、竹で編んだ専用の籠に伝書鳩を入れて、その場所にむかった。もう夕方だ。馴染みの西口までは国際興行のバスで行き、一気に地下街を進んで、東口に出た。太い通りが真っ直ぐに伸びている。幼稚園の頃には、そこにトロリーバスが走っていた。その電線が、黒い絹のあや取りに感じられるほど、きれいな思い出になっている。その先は、ごこくじ、だ。そう言われていた。なにか、大きくて黒いものがある、という思いだった。その通りの左に斜めにもう一本の道がのびていた。映画館が2軒ほどあって、そしてそのまわりに、不道徳極まりない原色の店店がいっぱい並んでいた。チンピラがポケットの中のなけなしのお金をはたいて女の腿に触って遊ぶような、そんな店店だ。垢抜けない下賎なネオンの街だ。変な籠を持っていたから、サンドイッチマンやビラ配りにじろりと見られて話し掛けられそうだった。怖くて小走りになった。地図に従って、路地に入った。突然に、真っ暗で、静かな住宅街だ。公園はどこだ。本当に真っ暗だ。怖かった。あった公園だ。走って近づいたがだれもいない。見ると暗い中、ベンチでアベックがキスをしている。静謐に、いやらしくしている。びっくりした。そんなものを見たのは初めてだ。本当に怖くなった。二人で逃げるように離れた。記憶では、これまた真っ黒な高い壁があってそのまわりを二人でとぼとぼと歩いる。持ちよりの公園はどこだ。途方に暮れながら、しかし、冷静になって、もう一度、戻った。住宅地に。進んだ。とぼとぼと歩いた。何やら、人の気配がしてきた。声が聞こえた。トラックが見えた。近づくと10人くらいの人びとがトラックを囲んでいて、その前が、さっきのいかがわしいところよりも大きな公園だった。鳩の声が聞こえてきた。やっとたどり着いた。籠から大切に取り出して預けた。雄と雌はトラックの荷台の段が違っていて、別々に入れられた。オスはみな鳴いていたが、それが妙に悲しげだった。寂しかった。
レースの結果は、飼っていた鳩は戻ってこられなかった。
多分、1972年頃、私が小学校五年生の時の記憶だ。黒くて高い塀は、間違いなく巣鴨ポリズンだ。
ほろ酔いで書きました。
3/6 22:06

▼世話係
お言葉にあまえて
また、テレビから。
3/5 23:07

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