塩見 鮮一郎公式WEB 掲示板
過去ログ3430
2018/11/24 1:18
▼世話係読書⓾伊勢ストーカーになって皇后高子の屋敷のまわりを
うろついていた男もやがて老いた。
老残の身を持て余した秀句がいくつもある。
だれか、ちゃんと論じてください。
そして、「ついに行く道とは かねて知りながら」
の辞世になる。
そのひとつまえ、«達観した表現者の悲哀≫ の段がある。
これがいい。
「むかし、男、いかなりけることを思ひけるをりにかよめる、
思ふこといはでぞ ただにやみぬべき われとひとしき人しなければ」
考えたことをいわないほうがいい、わかってくれる人はいない。
11/24 1:18
▼世話係読書H伊勢ちはやぶる神代も聞かず龍田河からくれなゐに水くくるとは
百人一首ですが、ただの叙景です。
奈良斑鳩の龍田川に真っ赤なもみじが流れて行くよ。
定家は何で、凡庸な歌を選んだのでしょうかね。
トーク小屋では、つぎの解釈も付け加えました。
龍田川という相撲取はチハヤにふられ、カミヨもきいてくれない。
やがて落魄した龍田川が豆腐屋で食べ物を乞うた。おからもくれないので、水に飛び込んだ。
では、ご隠居、「とは」はどういう意味か。
「そ、それは、チハヤの本名なんだ」
11/23 13:21
▼世話係読書G伊勢ほぼ0時から3時。なにもなかったのか。
のちの読者は侃々諤々。
なにもないはずはないでしょう。
「伊勢の斎宮」は、未婚の内親王でした。あったと書くと、ナリヒラはまた陸奥へ配流になり、こんどこそは帰京できないでしょう。
絶対タブーへの侵犯です。女のほうから来たと、うそか本当か、用心のバリアを張っています。
高子を失った業平の意地です。
そのことを藤原氏に知らせるために、この危険極まる第69段を発表した。
源氏が六条御息所の少女をねらったところ、娘が「伊勢の斎宮」になってしまい、手が出せない。業平の話を使ったわけです。
11/23 0:55
▼世話係読書F伊勢作品名になった伊勢の話です。
かなり字数をさいて書かれています。
業平のリベンジか。
「伊勢の国に狩の使にいきけるに、かの伊勢の斎宮(いつきのみや)なりける人」の屋敷でのこと。夜半、「女、人をしづめて、子一つばかりに、男のもとに来たりけり。男はた、寝られざりければ、いとうれしくて、わが寝る所に率(ゐ)て入りて、子一つより丑三つまであるに、まだ何ごとも語らはぬにかへりにけり。
女のもとより、詞はなくて、
君や来しわれやゆきけむおもほえず
夢かうつつか寝てかさめてか
男、いといたう泣きてよめる、
かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとは今宵さだめよ」
11/23 0:43
▼世話係読書E伊勢流刑地からみやこの女を懐かしがるだけではなく、
土地の女との関係も描かれます。
「むかし、男、陸奥(みち)の国にすずろにゆきいたりにけり。そこなる女、京の人はめづらかにやおぼえけむ、せちに思へる心なむありける。」
すずろに、なんとなく行ったとぼかしてますね。在方の女も
天皇の血筋の貴公子をおもしろがり、
歌などをよこします。
業平が京都に戻るとなると、泣いたり、送別の宴などもうけます。
雅びと野卑が対照されます。
11/22 0:50
▼わかけん最後の弾宅配業者とのタイミングが合わず、昨日受け取りました。
いろいろ感想はありますが、まずは、
「冷酷な政府」というか、やがて「帝国の政府」になり、「神国軍国の政府」になり、近隣諸国の民衆を虫けらのようにあつかう」
というところに揺さぶられます。今もまったく変わっていない!!
小太郎は最後まで孤独に闘い、1889年に亡くなってますね。
そのおよそ百年後、浅草弾左衛門が刊行されました。
小説にもじゅうぶん彼の業績や孤独は表現されていると思いますが、
今回はダイジェストで、そのぶんガツンと来る内容でした。
小太郎と1001郎を重ねて論じるのは、我々の仕事ですね。
11/21 10:19