塩見 鮮一郎公式WEB 掲示板

過去ログ2864 2016/3/18 18:27

▼世話係
由井輪人さまへ
「川の右手に目を向けると、こんもりとした山が見えます。山の名は金山で、金っ気がますます濃厚になってきました。稲村ケ崎で採取されていた砂鉄は、この金山から極楽寺川に流れ出し、砂浜を真っ黒にしていたのです。金山の谷戸を登った先には白山神社という神社があります」
と、ブログに書くのは、酔石亭主ですね。
ここのところは、わたしたちが認識するのと同じです。
金山の鉄は武器に役立ったことです。
たたらは白山神社のまえの傾斜地が使用されたのかもしれません。
ほかに適地が見当たりません。
産鉄生産者の存在を由井家の先祖につなげていいでしょう。

醉石大人が意識的に隠しているのは、『新編相模国風土記稿』(雄山閣)の極楽寺村の記事です。
ここにより具体的に由井氏が荷っていた役が記されています。
鉄とそして革。
皮なめしには水と天日干しのための土地が要ります。
それがどこか、由井家のあった一郭には見つかりません。武士の都ですから、馬はたくさんいたでしょうね。たくさん死ぬわけですよね。滑川の河口ですか。由比ガ浜で干したかも知れません。この浜を仕事場にしていたから、由井さんの名乗りでしょう。金山氏と由井氏です。
なお、この浜の地名は古くは由比郷(ゆいごう)です。
由井さんのご先祖が、鎌倉に移住する以前からの地名です。

返答がおそくなり、申し訳ありませんでした。
3/18 18:27

▼世話係
in新宿小屋では
わたしが世話係兼座長を務め、
他の参加者はひたすら、読み・書き・論じてください。

竹取物語、なんですか、読み終えた方ばかりですか。
つぎは上田秋成でもやりますか。(笑)
3/18 12:52

▼わかけん
たしかに
咲さんの言う通りです。
東京引っ越しにともない、何げなしに検索したら弾左衛門の作者が神田にいた!!
すぐに戸を叩きました。ダンダンダンと。
そして「書いた作品ある?」と問われ「もち、あります!」と答えました。
そこから先は、私的によくありがちな早合点、大とちり。
せっかくのチャンスを、欠席してしまったのです。
ドキドキしながら一週間後、あの階段を昇ったのでした。
今となっては思い出です。
3/18 10:10

▼咲
感謝
がっこという場があったことに感謝します。センセイの本を読み、お名前を検索したら、がっこが出てきました。センセイに会えるなんて。叩けば開く門がありました。叩くまでに1年かかりました。
新宿の小屋の扉は、ちょっと癖がありそうで。入るときにドキドキしそうです。閉められないよう、きばります!
3/18 9:53

▼世話係
むかしのがっこのこと
なぜ潰れたかというと、
わたしには、よくわかっていますが、
当事者たちを追求することになるので、
いまは止めます。
だれかに損害を与えたわけではないと
思います。(もちろん、精神的な不安をもたらしたのはわかります)

ま、神田はいいかげんな組織でした。
すみません、他人事ではないですね。
ちゃんとわたしは対処しなかつた。

in新宿の「文藝トーク小屋」では、
前車の轍を踏まないことを
約束します。

本気でやりますから、
どうぞ参集してください。
3/18 0:29

▼世話係
文藝学校のこと
もう関係ないのだが、
その後のこと。

〈通学コース〉は閉鎖になり、新規募集は当然なし。

そのようになるようです。
3/17 14:19

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