塩見 鮮一郎公式WEB 掲示板
過去ログ2491
2014/8/12 1:28
▼世話係プチマリ 7 私にもね。彼女は鉛筆で自分を指していった。
ぼくも両親がいないためいろんな苦労をしたけど、今さらすんだことをいったってしょうがないんだ。大切なことは明日、再び戦争をくりかえさないことだ。
彼女はドイツ語の本をとじて立ち上がった。
ありがとう。あなたはこれからどうするの。
明日の集会のアジビラを刷らなきゃあならない。
ひまだから手伝うわ。いいでしょう。
私たちは図書室を出た。
君、集会に来てくれる?
駄目。
就職のためか。
ええ。
おかあさんが働いてるのか。
県庁の掃除婦よ。
ぼくのおばは子宮癌だが、入院する金がない。
おばさんの家にいるの?
食費を払ってね。
あなた、どこに就職するつもり?
どこでもいい。ぼくに希望はない。
さとってるのね。
そのぼくが結婚しようとしている。
あら、その人どんな人?
喫茶店で働いている。
この部屋で刷ろう。晩までにはすましたい。五百枚刷りたいのだが原紙がもてばいい。
私は無言でローラーを押した。彼女は無言で洋半紙をめくった。インクの匂いがした。私の目の下に「安保改定を阻止しよう」という文字が無限に流れた。私の胸が痛くなる。汚れた小さい部屋は次第に暗くなる。
おばの顔を見る。目をつむっている。寝ているのか起きているのか。死んでいるのか生きているのか。顔中の筋肉がたるんで深い醜いしわをつけている。土色の肌。おばの内部はくさりつつある。
妹が台所から出てくる。
妹がおばに晴着が一着ほしいという。おばの目は見開かれ、充血する。おばは立ち上がり、妹をなぐる。妹はほおを手でおおって、青白い恐怖を浮かべる。おばの口がしきりに動く。黄色い歯が見える。私はおばの声を聞かない。だが私はおばのいってることを理解する。おばはいっているのだ。寒い思いをせんだけでも感謝すればいいものを、その上、あれを買え、これを買えだって、人をなんだって思っているのさ。妹は泣いた。私は妹をつれて外に出た。そしてふるえ帰えらない。妹はいった。それからおばの悪口をいった。
数年前の思い出だ。妹の泣き声を忘れない。私は無言でローラーを押した。
おじの顔を見る。疲れて青いはだを見る。酒をのむと真っ赤になり脂汗のふきでる肌を見る。おじは退職金を飲んでしまった。
8/12 1:28
▼SYUPO訂正ぐーっの次に「と」を入れます。
*図書館で『貧民に墜ちた武士』(河出文庫)を発見。
すでに『乞胸』は読んでいますが、つい借りてしまいました。
8/12 1:17
▼SYUPO主人公の心情に、グーッ入りこんできました。
「ほくろ」以外は覚えていないというところが、好きです。
8/11 13:42
▼岡坊プチマリ私が若かった時代とは、少々変わりますが、
それでも、懐かしいにおいがして、面白いです。
8/11 6:36
▼世話係プチマリ 6 夜は暗かった。彼女は私を川べりの木陰につれていった。暗い水にネオンが光った。川にそった並木は暗く、川の水はねばっこい。
腰をおろすと抱きあった。私は彼女の首筋に接吻した。耳に接吻した。自転車がやって来て、男の鼻歌がし、ライトが私たちのもたれている木をかすめ、去っていった。彼女は暖かかった。川の水が音を立てて流れた。私は彼女を抱きしめた。川の水は臭かった。私は彼女と一つになりたい。犬が遠くでほえた。私の手が彼女の下着をひきさこうとした時、彼女はいった。待って。破ってはいけない。ぬぐわ。私はその時はじめて、二人の下の草がつゆにぬれているのに気付いた。
第二章
研究室の図書室には三年の女の子が本を読んでいた。私は彼女の頬のほくろを覚えていた。同じ科のわずか数人の生徒の名前が覚えられないほど私は研究室とは縁遠い。
明日の昼から抗議集会がある。来ないか。
私は彼女の向かいに座りながらいった。
抗議集会って? 何の集会なの。
彼女は目を上げた。愛くるしい顔だ。
何のって、安保反対集会のさ。
そんなこと私の知ったことじゃあないわ。
だって君!
私は出ないわ。そんなこと医学部や教育学部の人にまかせとくといいわ。
彼女は目をドイツ語の原書におとす。
君は戦争を知らないんだ。
私の父は知ってたわ。私の父はガナルカナタで死んだわ。
だったら何で、再び戦争がおこるかもしれない危険を、ふせごうとしないのだ。
私は父がいないのよ。それだけでも就職に不利なのよ。学生運動なぞ、就職の心配のない医学部や教育学部の学生にまかせとけばいいのよ。
彼女は手に持っていた鉛筆で神経質に本をたたいた。
ぼくはね、この夏休みに広島へ行ったんだ。八月五日にね。そこでぼくは、原水爆禁止世界大会に参加もせず、ただひたすら死者の冥福を祈っていた広島市民に出会った。ぼくはこれが広島市民の真の姿なのだと感じ、彼等に同情した。だが、その後冷静に考えてみると死者の冥福を祈るよりも、彼等がしなければならないことは、原水爆反対の大会に積極的に参加することではないのか。ただ死者をなつかしがるという、うしろ向きの姿勢から、禁止大会に出るという、まえ向きの姿勢にうつらなければならないと思うんだ。そしてこのことはぼくにもあてはまるのだ。
私にもね。彼女は鉛筆で自分を指していった。
8/11 1:11
▼ボート微妙小波に
乗りました
8/10 9:34