塩見 鮮一郎公式WEB 掲示板

過去ログ2490 2014/8/10 0:41

▼世話係
プチマリ 5
 電車通りを横切って細い川にそった道に出た。暗い水に赤いネオンが光った。川にそった並木は黒く、川の水はねばっこい。
 マスターたら、あんたの悪口ばかりいってたわ。
 広島のことはきかないね。
 テレビで見たわ。
 君がいったように、ぼくは野次馬だった。
 死んだ人の写真、いやだわ。ケロイド、いやだわ。写真を見たわ。中学の時見たわ。晩ごはんがほしくなかったわ。
 君は空襲にあったことがあるかい。
 田舎にいたのよ。あの時は。
 ぼくの両親は空襲で死んだ。それから母の姉の家にひきとられた。姉には子供がなかった。
 覚えていて? 両親を。
 覚えている。だが妹は親を知らない。妹はあの時二歳になったばかりだった。
 おばさんのうち、お金持ち?
 いや。二年前おじが首になってからというもの、とてもひどい。それまでは食うに困らなかったらしい。ぼくが大学に行くのをしぶしぶみとめてくれた。
 大学に行かなくちゃあだめだわ。わたしなぞ頭が悪いから、だめ。なにをしてもだめだわ。
 でも君はよく働くよ。ぼくはいつも感心して君の働くのを見ていた。ねえ、今度は君のことを話してくれ。
 何もないわ。兄弟が大勢いるの。父は病院の下足番をしてるわ。父の仕事が恥ずかしかったわ。今でもよ。
 彼女と私は夜を見た。夜を呼吸した。私はプチマリを見た。彼女は真っ直ぐ前を見て歩いていた。彼女の肩は疲れている。
 もうすぐだわ。どうもありがとう。
 彼女が私を見ていった。
 その目は親しく暖かく思えた。
 もう明日から会えないね。と私はいった。
 彼女は答えなかった。目は私を見ていた。私は彼女を抱いて接吻した。彼女はじっとしていた。ミルクのような匂いがした。私は目をいっぱいに開いて、間近の彼女のまぶたを見ていた。まぶたがゆっくり開かれるのを見ていた。黒い瞳は私の瞳にすいこまれる。私は彼女の瞳しか見ない。
 唇を離した時、彼女の大きく息する音が、そして熱気が私の耳たぶにからまる。私の内にうずまいていた悩ましい感情が彼女の肉体の暖かみに吸われ、私の苦しみをいたわってくれるがゆえに彼女をいとおしく感じる。
 もう一度抱いて。
 どこかに行こう。
 どこ?
 どこがいい?
 こっち。
 夜は暗かった。彼女は私を川べりの木陰につれていった。暗い水にネオンが光った。
8/10 0:41

▼世話係
プチマリ 5
 電車通りを横切って細い川にそった道に出た。暗い街に赤いネオンが光った。川にそった並木は黒く、川の水はねばっこい。
マスターたら、あんたの悪口ばかりいってたわ。
広島のことはきかないね。
テレビで見たわ。
君がいったように、ぼくは野次馬だった。
死んだ人の写真、いやだわ。ケロイド、いやだわ。写真を見たわ。中学の時見たわ。晩ごはんがほしくなかったわ。
君は空襲にあったことがあるかい。
田舎にいたのよ。あの時は。
ぼくの両親は空襲で死んだ。それから母の姉の家にひきとられた。姉には子供がなかった。
覚えていて? 両親を。
覚えている。だが妹は知らない。妹はあの時二歳になったばかりだった。
おばさんのうち、お金持ち?
いや。二年前おじが首になってからというもの、とてもひどい。それまでは食うに困らなかったらしい。ぼくが大学に行くのをしぶしぶみとめてくれた。
大学に行かなくちゃあだめだわ。わたしなぞ頭が悪いから、だめ。なにをしてもだめだわ。
でも君はよく働くよ。ぼくはいつも感心して君の働くのを見ていた。ねえ、今度は君のことを話してくれ。
何もないわ。兄弟が大勢いるの。父は病院の下足番をしてるわ。父の仕事が恥ずかしかったわ。今でもよ。
彼女と私は夜を見た。夜を呼吸した。私はプチマリを見た。彼女は真っ直ぐ前を見て歩いていた。彼女の肩は疲れている。
もうすぐだわ。どうもありがとう。
彼女が私を見ていった。
その目は親しく暖かく思えた。
もう明日から会えないね。と私はいった。
彼女は答えなかった。目は私を見ていた。私は彼女を抱いて接吻した。彼女はじっとしていた。ミルクのような匂いがした。私は目を一杯に開いて、間近の彼女のまぶたを見ていた。まぶたがゆっくり開かれるのを見ていた。黒い瞳は私の瞳にすいこまれる。私は彼女の瞳しか見ない。
唇を離した時、彼女の大きく息する音が、そして熱気が私の耳たぶにからまる。私の内にうずまいていた悩ましい感情が彼女の肉体の暖かみにすわれ、私の苦しみをいたわってくれるがゆえに彼女をいとおしく感じる。
もう一度抱いて。
どこかに行こう。
どこ?
どこがいい?
こっち。
夜は暗かった。彼女は私を川べりの木陰につれていった。暗い街にネオンが光った。川にそった並木は暗く、川の水はねばっこい。
腰をおろすと抱きあった。
8/10 0:31

▼世話係
プチマリ 4
 その途上、私は異様な光景に接した。低い念仏の声がしみこみ、ろうそくは静かにもえた。供養塔の近くの小さい広場に、うなだれた人々が祈りをこめていた。数十本のろうそくはもえた。音もなく闇の中にもえた。向こうの広場にはマイクとフラッシュがうるさかった。こちらの広場は忘れられていた。祈りをささげる人々の顔には、亡くなった妻や夫や両親や我が子に対する愛情が濃い。私は足音を殺してそこを去った。
 汽車が岡山に着くまで私は窓ガラスに額を押しつけ暗い闇と闇の中にともる灯を見つめた。私の中で芽生えたものは何なのか。分かったことは何で、分からないことは何か。明日からの生活は、広島に行く以前の生活と変わるだろうか。あるいは、あいかわらず無気力な生活か。
 会えてよかったわ。ずい分待ったわ。
 駅の出札口にプチマリがいた。
 話があるの。
 彼女は私の荷物をとると黙って歩きだした。彼女のブラウスの肩の辺りが汚れていた。肩の骨のふくらみが見える。
 遅いからどこも行くとこないわ。待合室でいい?
 お店からの帰りだね。
 ええ。
 疲れてるね。
 ええ、少し。
 彼女は待合室の壁ぎわの椅子に荷物を置いた。私が彼女のそばに座るのを待っていった。
 だめなのよ。マスターはひどいわ。
 おこっているね。
 あんたのことなのよ。あんたの。マスターはやとったわ。
 私は立った。
 さあ、君を家まで送っていこう。
 マスターはあんたのかわりの人をやとったわ。
 私は左手にカバンを持ち、右手で彼女の肩を押した。待合室を出て、構内を横切った。
 マスターはひどいわ。わたし、あんたに恥をかかせたくなかったの。あんたに前もって知らせておきたかったの。
 真夜中すぎの街に時おり自動車が疾走した。
 あんたがあしたお店に来て、あんたのかわりの人がいるのを見た時、あんたがなんと思うだろうかと思うと、わたしはいてもたってもいられなかったの。
 遠いけど歩こうね。
 あんたが首になったの、あんたが悪いんじゃあない。マスターが悪いんだわ。一日ぐらい私が皿洗いもやったんだわ。
 はじめて二人だけで歩いているのに、悲しいことばかり話してるね。
 電車通りを横切って細い川にそった道に出た。
8/9 8:42

▼ボート
よっしゃ
明日は前回に続き
波に乗ります乗せます
8/8 16:55

▼世話係
プチマリ 3
 私の目の前は真赤になって燃えた。私は空襲の時を思い出していた。裸足で、寝巻きで駈けている自分を思い出した。私は、いつまで駈けても恐怖から逃げ出せない。敵機の爆音は私に影のようにつきまとう。二十二歳になった今も私はおびえ、おののき、駈けつづけている。広島に原爆が落される一ヶ月前、私は岡山で両親を空襲のため失った。
 父と母が死んだあの瞬間を思い出すと、私はいつも目の前が真っ赤になって燃えた。燃える炎の中に私は父を見る。
 母の体から手を離して立ち上がった父が、奇妙な格好をして、恐ろしい叫びをあげ、くずれおちたのを、ぼくはこの目で見た。
 私の足元の乾ききった砂は十四年前、はかりしれない熱さに燃えた。太陽の炎の中に投げこまれた。川の水は白煙となって蒸発したろう。元安川に目をやった私は、向かい岸に先生につれられて水泳に来た小学生の群れが楽しそうに川にとびこんでいるのを見た。若いはしゃいだ声はこちら岸まで聞こえた。あの子たちは何もしらない。彼等と同い年の多くの友が十四年前、今彼等が泳いでいるこの川を死体でうめたことを。彼等の両親や祖父母がなぜ死んだのか、どのような苦しみを味わったか、誰のために殺されたのか、知らない。彼等は原爆ドームに目もくれない。彼等のたてる水しぶきはまぶしい。
 私の中で何かが芽生えてくるのが感じられた。今まで手さぐりしていた何かが見つかりそうに思えた。真っ暗だった私の未来に、かすかな光がともされたのを感じた。その夜七時から平和記念広場で開かれた、原水爆禁止世界大会に私は参加した。ライトにてらされた慰霊碑やドームが夜空にういた。その右方に広島球場のナイターの光が明るい。全学連はデモりながら入場し、会場後方に右翼のトラックがとび込んできて暴走した。メッセージが読みあげられる。ソ連首相フルシチョフのメッセージはあるが、日本首相岸のメッセージはない。
 私は明朝の式典にも出たかった。しかし、皿洗いのバイトを首になるのが恐ろしかった。今日だって主人は許可をくれたわけではない。マスターはあくまで、困るね、といった。明日もサボるわけにはいかない。苦心して探したバイトだ。一日二百円也。
 汽車の時間にまにあうように、私は大会の中途で腰をあげねばならなかった。電車に乗るために平和公園を横切って相生橋の方に行った。
 その途上、私は異様な光景に接した。
8/8 0:35

▼わかけん
窓の外
「バスの」を入れるか否か。
私は説明的過ぎて不要、に一票です。
場面は飛びますが、時間は一定に流れている。
映画なら、バスの中のシーンから始めますか。
青年が走るバスの窓の外を眺めている。
そこに、昨日だかの喫茶店のシーンを挟む。
人間の脳内って、こういう感じすよね。過去と現在と、さらに妄想、幻想までもがごちゃまぜになっている。
読みにくくはなりますが。
こういうのを小説の仕掛けとして書く。
最近はあまりやらなくなった気がします。
自分も「昨日のことを思い起こした」とかなんとか書いてしまう気がします。
一度、そういうのなしで、時間や場面を自由にすっとばして書いてみようかな。
8/7 22:11

24912489

掲示板に戻る