塩見 鮮一郎公式WEB 掲示板

過去ログ2371 2014/3/13 11:17

▼わかけん
『表現の装置』
でも「太西の論拠のもと」について書かれていますね。
コミンテルンの1927テーゼ。
大西さんの自己弁護的な心情が垣間見えて、小説中、この部分はあまり好きではありませんでした。
自分が、共産主義史を後追いしている世代だからかもしれません。
「欲情との結託」が手もとにないので確かなことは言えませんが、両者の論争には最初からすれ違いがあって、かみあっていなかった。そんな気がします。
「野間が別世界としたのは肯えない」
という大西の言葉も、
「わが国の軍隊とは、累々たる無責任の大系、膨大な責任不在の機構ということ」
を中心に据えて小説を書いている大西からは当然の主張でしょうか。
大西が何を「欲情との結託」と呼んだのか、忘れてしまいました。
「時代と寝る」とかいって、大衆にひそむ願望を言葉、作品化することを戒めたように記憶しますが……。
その意味では、今は時代と寝る小説だらけで、その代表が村上春樹ということになります。
累々たる無責任の大系は、地震と原発事故でも顕わになりました。
3/13 11:17

▼わかけん
新聞で知りました。
大西巨人逝く。
神聖喜劇を読了したときの、ズシンとくる重み。
誰も真似できない文体。
物語と論理が共存していました。
スゴイと思った。
軍曹だったか、直属の上官の描写がすばらしかった記憶があります。
3/13 10:15

▼長野のせんせ
『神聖喜劇』も『真空地帯』も40年以前に読みかじったままです。
今ウクライナで起きていることは、ロシアが負けたクリミア戦争を想起させます。
両著再読しようと思います。
3/13 6:43

▼世話係
訂正
太西は失礼ですね。
深謝し、訂正します。
3/13 4:44

▼世話係
大西巨人5
大西がどこまで自覚的であったか、才人にも
盲点はあるだろう。
わたしはよくわからない。
この熱血漢が若くして読んだ
コミンテルンの文書をそのまま血肉にしたのか。
そうだろうと、かれの書き残したものから、そのように思う。
(そうなふうにしか人は生きれないのだとも思う)

でも、後続のわたしから見れば、
ソビエトがスターリニズム(ソ連一国主義)へ転じたときのテーゼを
臆面もなく展開した大西にどうかと思う。
大西にスターリニズムの概念がいつ入ってきたのか、その自覚はあったのか、どうなのか。
戦後になって、『神聖喜劇』を書く始めたときに、
どれほど理解していたのか。

結論は、大西は理解してなかった、
ずっと理解してなかったとわたしは思う。

もつと、自己の体験に即して「これは『真空地帯』だといった野間の実直性がいい。

思想性の差異がすべてを領するはずもない。以上の深夜の戯言が、『神聖喜劇』の評価をそこなうものではない。
3/13 4:29

▼世話係
大西巨人4
太西の『真空地帯』批判は、各地の兵営が
別世界(真空)ではなくて、
当時の日本の商人や農民の社会の縮図だというもので、「真空地帯」ではないというものだ。
野間が「別世界」としたのは肯えないというものだ。
私の周辺にいた者はみなこちらに靡いた。名前をあげたいぐらいだ。
野間も自信がなかったのか、保身したのか。
決着が着いたような雰囲気だ。
いまもそうだ、こんなことを考えている者は
わたししかいない。

今夜、こんな話をするつもりはなかったので、すこしアバウトになるが、
調べればこれもはっきりする。

太西の論拠のもとになったのは、
コミンテルの1927テーゼか何かで、
それは、帝国主義の戦争に戦う方法について
述べたものであった。インターナショナルの方針を修正したものだった。
すべての国の労働者が戦争勢力に対して戦えというものから、
一歩しりぞき、各国内部の支配と反支配の状況を考慮せよというものであった。
3/13 4:07

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