塩見 鮮一郎公式WEB 掲示板
過去ログ2367
2014/3/10 10:17
▼わかけん3.10まずは大空襲の日です。
江東区の戦災資料センターに行きました。
焼夷弾の大きさに恐怖を感じました。
作戦を立案、実行したルメイ将軍が、戦後日本から勲章をもらっていたことを、初めて知りました。
3/10 10:17
▼大魔神演習ジンジンジンジン
大魔神!
22日は洗濯日和
それそれそれそれそれっ
3/10 9:46
▼世話係誤字最初の草稿をトレースしたので、
すこし誤字・脱字がありますね。
すみません。
3/10 0:54
▼世話係案内「どんな内容か」と問われて。
3/10 0:49
▼世話係『江戸から見た原発事故』はじめに
お談義という親密な雰囲気の言葉がある。
ひとりで数人の聞き手にむけてしゃべってももいいし、ふたりで話し合ってもいい。政治談議などとも言い、時局の悪口(わるくち)を語るが、あまり刺(とげ)とげしくない。人よりうまくやろうなどとは思わない。どうしても言っておきたいことだけを、遠慮がちに口にする。しずかに語るのがいいだろう。わたしの物言いは自分ではわからないが、おだやかな口ごもりのつもりだ。
二〇一一年(平成二十三年)、あの東日本大震災がなければ、このような本を書かなかった。ちゃんと言えば、地震と津波だけなら、やはり書かなかった。一九九五年(平成七年)の阪神・淡路大震災のときは、かたむいた家のあいだの道路を、おおくの人にはさまれて歩いた。写真を撮るのもはばかれる空気が支配していた。ニューヨークの九・一一はテレビで見たが、民間の死者に哀悼の意をあらわすものの、背景になったアラブ問題についてのアメリカ政府の言い分に同調できないでいた。いずれにしろ、災害やテロからなにかをふかく感じたにしても、本一冊を書く勇気はなかった。
今回は、福島の原発事故のすさまじさである。一基だけのメルトダウンでも大事件なのに、三基もこわれた。溶けた炉心がどのような状態なのか、二年以上がすぎてもわからない。冷却のための水を注(そそ)ぎつづけている。残る一基の原発には、使用済み核燃料があぶなげな高所のプールに大量に残されている。クレーンをつかってそれを取り出す作業が始まるというが、うまくいくのかどうか、だれにもわからない。
事態は刻一刻と動いていて、それまで考えていなかった脅威があらわれる。大量の地下水が汚染したまま海へと流れている。それを遮蔽することができるのかどうか。しろうと判断では、ブロックされた地下水はどこへたまるのだろうか。ある種の事象がマスコミや海外すら指摘をされると、そのことに対処する言葉だけがふりまかれる。解決への幻想が語られ、ひとときの安心がもたらされるが、現実の問題が解決されたわけではない。これまで流出した量はどれほどなのか、まだ発表されないが、黙っていられない時期がくるだろう。
3/10 0:48
▼世話係つづき政治家や科学者の説明に一貫性がないことが、不安を増殖させている。ついこのまえまでは、汚染地域を除染して「全員帰還」という政府の方針だっのが、ある日、けろっとした顔で「全員帰還は困難」という。それまでは、除染の費用は「全額東電負担」といっていたのが、国費を投じるという。帰還が困難な地域が生じることは、チェノブイルを見ていても予想できた。一企業で除染や廃炉ができないこともわかっていた。
それを政府は除染して全員がふるさとへもどることが可能のような軽薄な言葉を口にした。そのときは、ほんとうにそう信じていたのか。そのようにいう科学者がまわりにいたのか。それが、そのようには行かないとわかったというのか。その間の経緯の具体的な説明がなければ、だれも納得しない。なによりもよくないのは、政府や役所がいうことをだれもしんじなくなることだ。こんとろーるされているといったところで、そのうち、コントロールはできないというのだろう。廃炉までにどれほどの年数がかかるのか。その間(かん)、ふたたび大地がゆれると、どうなるのか。東京都だけでも千三百万人がいる。避難さきがあるとは思えない。
事態の経過だけを追えば、べつにあいまいでないが、理解しきれない不条理をおぼえた。とんでもないことが進行しているのに、その意味がくみとれない。原発事故の全体像がわからない。わかれというのが無理なのだろうか。それは底なしの破壊なのかもしれない。なぜか中途で思考が停止する。すこしずつわかってくるのだろうが、知りたくないというおそれがつきまとう。「無間(むげん)地獄」といっても、うまく把握できない。いつまでも未知のフクシマがそこにある。
3/10 0:47