塩見 鮮一郎公式WEB 掲示板

過去ログ1535 2012/3/5 7:22

▼SYUPO
世話係様
よいメール、おめでとうございます。30シュポ!
3/5 7:22

▼世話係
「読了しました。
こんばんは、これだけで。
いまさらですが、
書くのは大変でしょう。
これは凄い!
(以下明日)
深夜失礼致しました。」

こんなメールをもらうのが、すべての物書きの夢でしょうね。
凡夫のわたくしめが、いただいたのです。
どうして眠ってなどいられましょうか。
じじい、死ぬ前にひとつぐらいと、がんばりました。
みんなは後から来てください。
3/5 3:29

▼世話係
追い書き
「芸術はどこにもないのです」というのは、太宰を「芸術」だとして論じる文学者や文芸評論家がいっぱいいるからです。
どこに目がついているのかと
いいたいのです。
普通の生活をしていると太宰の描く日常などと自分がつながらないのがわかるはずです。
自分の日常をないがしろにしている人(勉強好き、学者、ジャーナリスト、編集者)だけが、太宰に「芸術」を貼り付けているだけです。
3/5 1:51

▼世話係
芸術的な文章
を、批判しているのですが。
そんなもん、書くなといってるんですが。
記号だけの太宰を批判しているのですが。
冗談ですか、いえ、あまり。
攻撃的・堕落的・大嘘的なのがいいといっているのですが。
3/5 0:33

▼咲
あぁ、あほなワタシ。
上は、ダザイの、『斜陽』をイメージしてしまいました。おかあさま……という出だしから。女性でした、和子ふう。
下は、お父様がかたっている感じです。
記号というと、あほなワタシは頭の整理がつかず、ソシュール、ロランバルトなんかが、吹き荒れます。わかってません! 全然。恥ずかしいですが、入門しては、断られてます。
秋と飽きをかける……ことが、昔の人にとっては、思い出す装置だった、などは、少しわかります。古文を読むと、ことばがわからないのですが、涙が出るときがあります。音がいいと感じるときがあります。
芸術的な文章とそうでない文章の違いって、ワタシはわかりません。わからないから、書けないんです。
低レベルな人間でも、表現してよいから、ワタシは自分で自分の文章を出すことを許せます。
3/4 23:27

▼世話係
3・11
もうすこし、天気を確かめたいです。

5時、新宿大陸に集合は決定します。
趣旨など、それまでにここへ書きます。
大陸電話、03ー3209ー4601
会費は実費だけですが、3000から4000のあいだの見当。自由解散。
3/4 22:54

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