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『孤高の罠魔物』

 ルーメンから南に少し歩いてみよう。しばらくすると、邪悪な心など微塵も感じられないモンスターたちが、ある者はやんちゃに、ある者は物静かに、しかし楽しそうに遊んでいる様子が見られるだろう。そうここは、ルーメンの救世主・アルスの優しさに心を洗われたモンスターたちが暮らすところ。だから人はここを、モンスターの楽園・モンスターパークと呼ぶ。ここに暮らすモンスターはみんなとても仲がいいんだ。でも中には、輪に加わるのが苦手な子がいるみたい…今日は、そんなモンスター、人食い箱君のお話さ…
(PC)
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 オレはいつでも一人だった。
 オレは昔なんだったか分からない。昔は仲間とともに暮らしていたのかもしれない。しかしオレは、あいつらとは違った。あいつらみたいな脳みそが完全に腐りきった奴とは違う。
 …あいつら?誰だかわからない。だが、オレはあいつらを軽蔑していた。だからオレは、仲間とも群れることがなかった。そののち、オレはあいつらから離れここに来た。一人真っ暗闇の中で、誰かが宝箱を開けるまでひたすら待っている。何も変わらない日々。いや、日の経ったのも分からなかった。オレはその様な暮らしに飽き飽きしていた。そんな時、あいつがやってきた。
 あいつは、奇襲してきたオレをメラミで焼き払い、唱えかけていた呪文を途切れさせたオレを剣で差しぬいた。オレにかなう相手じゃなかった。そしてオレは、こいつについていけば面白そうな生活が出来そうと思った。少なくても、毎日獲物を待って動かないということはなさそうだ。オレは起き上がり、あいつを見つめていた。するとあいつは、オレに話しかけてきた。
 オレは、あいつの指示にしたがってモンスターパークにやってきた。そしてオレは、現実を知った。
 誰もが新参者、余所者としてオレを見ていた。好奇の目。ひたすら隠れて、不意を突き人間を襲う卑怯者。そうした卑怯者としての目。
「オレは…生きるためにこうしてきた!なんか文句があるならはっきりと言え!」
大声で言ってやった。誰も何も答えない。自分では何も言えない弱虫のくせに、集まると図に乗り出す。そういうやつらなのだ。
 やつらはオレが遠くに見えると、笑いあって話していたくせに突然声を止める。そしてこちらを見ながら何かをひそひそ言う。それを見たオレは、やつらを全力で睨みつける。するとやつらはどこかへ逃げていく。オレを寄って集って笑っているのだ。
 オレはやっぱり、一人だった。
(PC)
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 あいつが珍しくやってきて、大運動会というものの説明をしていった。オレはどの種目にも参加する気がなかった。やつらは、あいつに対しては愛想がいい。それに対してあいつは、やつらにもオレにも同じように接してくれた。そういう意味でオレの理解者はあいつだけだった。しかしあいつにしたって、やつらがオレに何をしているか分かっていないようだった。
 今日はその大運動会だ。向こうのほうから声が聞こえる。しかしやつらは、オレが行くとそれだけで避けていく。オレの事が嫌いなのだ。太陽の光が刀のように伸び、宿舎に刺さっていた。オレは、太陽の光がやつらを焼いてしまえばいいと思った。
 しばらくそこでぼんやりと考えていた。あいつと戦ったときは、こんな予定じゃなかった。自分に話しかけ、自分で答える、寂しく味気ない日々は終わるはずだった。
 …オレは、誰かと会話したいのか?オレは、やつらと”おしゃべり”をしたがっているのか?
 答えは出なかった。
(PC)
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目の前を毒青虫が這っていった。そのあとを、サンダーラットが跳ねて追っていった。
「ちょっと待つっちゃ!お前が気にしてるとは思わなかったんちゃ!」
「いまさら何も言う気にならないんだな〜虫の気持ちを考えて欲しかったんだな〜」
何を言ったか知らないが、サンダーラットが毒青虫に何かを言ったようだった。
 「虫の気持ちを考える」、か。その言葉は、オレには一瞬「無視の気持ちを考える」と聞こえた。誰も、オレの気持ちは考えてくれない。オレはサンダーラットに背を向け、館に戻ろうとした。
 会場のほうから、ボールが飛んできた。そのボールは、オレの中に入った。少し痛い。
「すみませーん!こちらにボールが飛んできませんでしたかー!」
ミステリーピラーがこちらに走ってきた。白いシャツに灰のネクタイ、黒のスーツという服装は、司会者か審判を思わせた。
 ミステリーピラーは、オレを見るとこちらを見ると一瞬眉をひそめたが、さらに一瞬の後は何事もなかったかのように話しかけてきた。
「すみません。ここにボールが飛んできたと思うんですが?」
「いや知らないね」
オレは、ボールを返す気にならなかった。単なる、大運動会というものへの反抗心だった。
「ああそうですか。ありがとうございました」
ミステリーピラーは言った。腹の底ではオレに話しかけたくないと思っているんだろう。ミステリーピラーは、オレの言ったことを信じたのか他の方向へ走っていった。
(PC)
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オレは、いつもの住処である塔に戻ろうとした。そこは唯一安心できるところだった。誰にも見られることなく、一人で孤独を楽しめる。
「ちょっと待ちたまえ」
 突然、後ろから呼びかけられた。
「大運動会はまだ終わっていないぞ。おや?ボールを持っているようだな」
死神貴族だった。最近オレに図々しく話しかけてくる男。しかし、その目的は友好を深めるためではない。あくまで利用しようとしている。オレは死神貴族を信頼していなかった。
 死神貴族はオレからボールを取り出し、草原に投げ捨てた。オレに馴れ馴れしく触ってくるな。
「今から面白いことが起きるのだが、見たくはないのかな?」
いったい何を企んでいるんだこの男は。馬が嘶いた。
「知らないな。オレは何の種目にも出ないし、観戦する気もない」
「そういうことを言っているわけではない。面白いことが起きるのだが」
「興味ねぇ」
「我輩を手伝う気はないか?」
いいかげんにしろこのがいこつ野郎。
「話は終わりか?」
「手伝う気はないか。残念だな。我輩は貴様を買っていたのだが」
「褒めているのか」
「無論」
「それはありがたい」
「では、我輩は行かせて貰う。面白いことがあるからな、明日誰かに話を聞いてみるがいい」
死神貴族は、馬に鞭打った。馬は走り出した。
 オレは、塔に戻った。
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 オレは塔で眠っていた。湿った冷たい空気。そして、時折吹くひんやりとした風。それらは、オレに快感を与えた。
 しばらくまどろんでいた。しかし、オレは侵入者を察知した。オレは誰にも心を許す気はなかったため、寝ていても緊張状態は崩さなかった。
 そいつはオレのところまでまっすぐやってきた。オレはそいつに目を向ける。
「スライムベスがこんなところに何の用だ」
塔にくるモンスターではない。スライムベスは丘か密林がお似合いだ。
「ちょっとお願いがあるんです…」
「お前もオレを軽蔑するのか」
オレは静かに言った。スライムベスにプレッシャーを与えるためだった。
「それは違います!」
考えていた反応と違っていた。
「あなたは、みんなのことを勘違いしてる。だれもあなたのことを軽蔑なんてしていなかった…」
オレは目を閉じた。スライムベスをまっすぐ見ていられなかったからだ。
「あれを軽蔑といわずになんと言う」
「それはあなたの勘違い。みんな、あなたに話しかけたかったんだわ」
オレは目を閉じたまま思い出した。オレを見るやつらの目……
「あなたは勘違いしてしまって、みんなを怒鳴ってしまった。それでみんな、あなたのことを怖がっているのよ」
スライムベスのいうことを否定できない。
「…そうなのか?」
「あなたはそれからみんなから離れて行動してる。だからみんなあなたのことを噂してるの。あなたがみんなと仲良くしようとすれば、みんなはあなたを受け入
れてくれる」
その考えは出てきたことがなかった。スライムベスに教えられるなんて思いもしなかった。
「私は、今借り物競争であなたの名前を貰いました」
 スライムベスはオレに「19185」と書いてある紙を見せた。
「私と一緒に、メルビンさんのところまでいってくれませんか?」
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 オレは、コロマージとコロプリーストが話しているのを聞いたことがある。
「人食い箱って何を考えてんだろうね〜」
「訳わかんないあの子。会うだけで睨み付けてくるし」
「うんうん気持ち悪いよね〜」
オレがいることに気付くと、コロマージとコロプリーストは脱兎の如く逃げていった。悲しかった。オレは、なぜこんな目にあわなければいけないのだ。気がついたら、オレは泣いていた。
 オレがここに来たとき、やつらは何を考えていたのだろうか。歓迎?軽蔑?好奇?警戒?やつらが何を考えていたのか分からない。オレは、やつらを怖がらせていたのだろうか。
 オレは今まで、やつらに牙を剥き続けた。やつらがオレを軽蔑していると思ったからだ。しかし本当に、やつらはオレのことを軽蔑していたのだろうか。
 今のオレは、やつらにどう見えているんだろう。変わり者。プライドの高い奴。そして、自分達に意味の分からない敵対心を抱く奴。
「意味の分からない敵対心」。その通りだ。オレのやつらに対する敵対心は、オレの思い込みによるものだ。
 なぜオレだけこんな目にあわなければいけないと思っていた。それは思い込みだった。やつらは、すべてのモンスターを歓迎している。しかし、オレが歓迎さ
れたがらなかったのだ。オレが人と壁を作るから、やつらもオレと壁を作った。
 全ては、オレの被害妄想だった。
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 俺は目を開けた。
「分かった。行こうじゃないか」
オレは、やつらに謝ろうと思っていた。今まで、意味もなくにらみつけていたこと。許してもらおうとは思わない。許してもらえなかったらそれはオレのせいだ。
「ほんと!?ありがとうございます!」
スライムベスが跳ねた。満開の笑顔。それは、オレの心を溶かしていった。
「どっちへいったらいいんだ」
オレは、スライムベスに好感を抱いていた。ここで初めてオレに真面目に話しかけてくれた奴。そして…笑顔が可愛い。
「会場はこっちです。じゃあ………れっつ・ごー!」
スライムベスは、とても元気に言った。
 オレも、生まれて初めての笑顔で言った。
「…れっつごー」
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