超VIP専用掲示板

過去ログ114 2006/6/13 2:24

☆板長
あんなサッカーに負けるとは…あんなレベルのサッカーに…
何のためのポゼッション?中途半端すぎた。時間稼ぎするならはっきりやれ。オランダみたくGKまで戻せばいいじゃないか。攻める意思を見せなければ相手は躊躇しない。FWまで引かせてどうする?シュートを打たないポゼッションは怖いのか?それをやるなら死ぬ気で時間稼ぎしろ。だから中村はビッグクラブに行けないんだ。だから日本は「ハポネス」なんだ。
日本はイングランドじゃない。自分を見失った。日本は決して強いわけじゃない。強くなる可能性を持っているだけ。ドキドキワクワク?冗談は起きてから言え。日本戦じゃなきゃとっくに寝てる。

俺は日本の、ジーコの戦い方が好きだ。日本のようなチームが勝たないなら、サッカーを見る価値があるのかとさえ思える。

だからもう負けるな。
2006/6/13(火)2:24

☆菜の花
追加点がとれなかった
あのスカスカの中盤のなかでなんにもできなかった。相手が前を増やしてんだから後ろは少ない。 守り切るのに失敗し、追加点もとれなかった。  
チームの中で意志がばらばらだった。
中村は後半の最初から攻めるべきところでも楽なほうを選択した。 中田はもうキープでいいんじゃない?ってとこでもゴールを意識したパスをだした。 
小野の投入も意図がよくわからん。 選手達もわからんかったはず。 
最悪だよ。 俺が思い出したのは加茂の時の韓国戦だ。 あの時くらい最悪。
2006/6/13(火)1:36

☆ブルーノ
男性
結局さ
中田、中村とケーヒルの差でしょ。打つべき所で打てて、その決定力の差。
2006/6/13(火)1:15

☆関西人
豪州戦
…負けた。誰もが思っただろうが、ジーコの采配がよく理解できなかった。後半ヒディングが守りの枚数を削って攻撃の枚数をどんどん増やしてきたわけで、もうあそこは凌ぐしかなかった。その状況で、柳沢に替えて小野投入。「?」だった。堅く守って速攻カウンターを徹底すべき場面で、なぜか遅攻型の361にシフトした。
あの時のジーコの考えは、「中盤に厚みをもたせて数で凌ぐ」だったんだろうか?あるいは「キープに長けた小野を据えることで支配を取り戻す」だったんだろうか?
解釈は難しい。そしてその難しさは、選手にとっても同じだったんじゃないかな。交替カードというジーコのメッセージをどう捉えるべきか、計りかねてたようにも感じた。
私は、FWの枚数は維持すべきだと思ったよ。あれだけ豪州のゴール前が空いてたんだから、速攻を仕掛ける枚数としてFWは2枚が必須だったはず。カウンターに適したスピードある前線の駒はベンチに存在したはずだからね。日本が先に2点目を取っていれば、豪州は集中力が切れたに違いない。悲しいことに、結果は逆になったけど。
何にせよ、敵は迷いが無かったね。DFを削ってFWを増やすというヒディングのメッセージは、明確にピッチの選手に伝わっていたと思う。監督の手腕の差、という風に明日は報道されるんだろうな。それを否定できない部分はある。今回はジーコの責任が大きい。しかし、それが全てというわけでもない。ベンチの思惑に関わらず、あそこはピッチに立つ全員が意思を固めるべき場面だったんだ。選手自身が考えるべき場面でもあったんだ。
W杯アジア予選、日本が唯一敗北を喫したイラン戦を思い出したよ。あの時も、ちょうどこんな感じだった。同点となり、攻めるか守るかの局面に立ち(あの時は追いついた場面だったが)、迷いが生じた隙に負け越しの点を献上した…。また同じことを繰り返している。
しかし、ここは前向きに捉えようか。あのイラン戦により崖っぷちに立った日本は、自力で何とか這い上がったんだ。今回もそれを信じるしかない。次のクロアチア戦に心を切り替えよう。
2006/6/13(火)1:04

☆ぶぇっかむ◆uGkZ
小野投入の意味
小野投入の意味、そして中田と俊輔を横に並べた理由はなんだったのか?
2006/6/13(火)1:03

☆菜の花
負けたね〜
最悪の試合だね。 勝ってりゃ内容はともかく勝ち点3って言えたんだけど、負けたらダメ。
敗因は一人一人が走りまけ当たり負けしたことだろう。ボールを支配できない。攻められるからラインは下がるし中盤は広くなる。 
後半に追加点をとっておく必要もあったが、何にもできなかった。 最悪の内容だ。 しかし逆にいい教訓だったのかもしれない。
2006/6/13(火)1:01

☆ぶー
男性 21歳
いよいよ
日本代表の初戦ですね。初戦ですが決勝戦を戦うようなメンタリティが求められる試合…。この試合の勝ち負けは本当に本当に重要。W杯予選時のテレ朝の言葉を借りれば『絶対に負けられない戦い』


もうここまできたら、サポーターは『選手を信じ、ジーコを信じ、そして彼らの4年間を信じる』ことぐらいしかできないと思う。僕はテレビの前で精一杯声を枯らして応援します。僕にできることなんてそれぐらいしかないけど、そんな一人一人の思いがドイツに届けばいいな、なんて思う。


孫悟空の元気玉の事を思い出した(笑)
2006/6/12(月)19:14

☆パルミ
だから
トルシエ流のフラット3自体たくさんあるわけです。

スペイン戦とアジア杯では全然違うフラット3でしたね。森岡と宮本でも全然違うフラット3を形成していましたが、どれもトルシエ流のフラット3であることに変わりはありません。

ロシア戦のフラット3もトルシエ流であることに変わりはありません。ただトルシエが指示したフラット3とは違うフラット3を選手が選択したに過ぎません。
指示に逆らったのは確かですが、結局行ったのもトルシエ流フラット3の一つでしたよ。
2006/6/12(月)13:52

☆ちー兄
要点はトルシエの手の内から選手達が自ら飛び出したってことでしょ?
『トルシエ流フラット3の放棄』ってことでしょう。
別に俺は間違ってはないと思いますけど…。表現の仕方しだいだけど、あの時はそれがプラスになったんだし、選手にとっては『チャレンジ』って感じだったのかな。トルシエからみれば『放棄』された、ってとらえてもおかしくない。

関西人さんのカキコを読んだかぎりそう解釈しましたが…。
2006/6/12(月)12:42

☆パルミ
フラット3の放棄ってW
その前提から始まっていることに……

確かにラインの上がらないフラット3だった。

トルシエ自身も『あれはフラット3』ではなかった。と語ったのも意味合いとしては『真のフラット3』ではなかったという意味で、ベースはフラット3だった。


何の先入観もない他国のひとにあの時の試合を見せたら『最終ラインがフラットなラインディフェンス』と、十人中十人がいうだろう。

確かにラインブレイクのタイミングは早かったし、あまりラインも上がらなかったけど、そういった戦いかたはワールドカップ以前にもしていたもの。トルシエの指示に逆らったのは確かだが、選手たちが逆らった末に選んだ選択も、トルシエがチームに植え付けていた戦術だった。


最終ラインがフラットなラインディフェンスであったのだから、放棄という評価はおかしい。

トルシエがラインディフェンスを日本代表に持ち込んでくれたことにはきちんとした評価がされるべき。

マスコミが『フラット3放棄!』とか書き立てて、正常な判断をくだせなくなるひとが噴出した。そこからトルシエ批判に流れたひとがどれほどの数だったことか…


だからこそ僕は今大会でもジーコの良いところはちゃんと評価しましょうよ!と訴える次第であります
2006/6/12(月)9:25

☆関西人
豪州戦を前に。
昨日の練習で、ドイツに着いた川淵キャプテンが選手達を激励したらしい。
その時に彼が語った言葉の中で、「我々は監督のやりたいサッカーでなく、選手達のやりたいサッカーを四年間追い求めてきた」というフレーズがあった。相変わらず、なかなか巧い表現をするね。
彼の言う通り、今の代表のサッカーはトルシエ時代と違い、監督に押しつけられて出来上がったモノじゃないと思う。ジーコは大枠の形だけを提示して、細部は選手達に任せてきた。ある時は宮本や中村に、ある時は中田英に任せてきた。紆余曲折あったけど、ひとつの形が出来上がった。創ったのはジーコというより、選手自身だろう。ジーコはあくまでプロデューサーであって、ディレクターは選手達、という感じ。
自分達で創ったサッカーなんだから、明日はどう闘うべきかは自分達で考えればいい。ピンチに陥ったら、自分達で考えればいい。4年前、本番の極限状態の中でピッチに立つ選手は自分達で考え、その結果フラット3の部分的放棄という監督に対する裏切り行為を実践した。そうやって一次リーグ突破という快挙を成し遂げた。ジーコ代表のルーツを辿れば、あの時の裏切り行為に行き着く気がする。あの裏切りの延長線上にジーコ代表が発足し、4年間選手達は自分達で考え、自分達のやりたいサッカーを創り上げてきた。
あとは、自分達の創ったモノを信じられるか、自分自身を信じられるか、自信を持てるかどうか、だよね。ジーコは意図的にチームを信じる発言、信頼する発言を繰り返してる。彼らに自信を持たせたいんだろう。お前達は強い、弱者じゃない、相手に合わせるのでなくお前達のサッカーをやればいい、と。
どこまで本気でジーコがそう思ってるかは知らない。でも、神様はそう言ってるんだ。明日は自分達の創ったサッカーをやるだけだ。自信を持ってやるだけだ。
頑張れ!!
2006/6/12(月)0:54

115113

掲示板に戻る