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過去ログ104
2006/4/19 11:12
☆パルミ日本のスポーツマネージメントFIFAとG14の裁判、テレビ放映権、過密日程、などの問題は日本でほとんど扱われることはないし、扱われてもまるで他人事のようなリアクションだ。
日本は世界から遅れているのはサッカーをビジネスとして捉える力だ。
ボスマン判決から10年たったにも関わらずボスマンという言葉が代名詞で使われていることを知っている日本人がどれだけいるだろうか。
日本人はピッチのなかで起きた事象だけでサッカーを片付ける傾向がある。だから戦術論が流行るのである。負けた理由を監督のせいや選手が下手だからと安易な解決に走る。もちろん試合直後というのは万国共通で選手批判や監督批判がメディアの中心になる。でも、問題はその先。日本ではその先をあまり問い詰めていくことはない。
でもそれは世界的流れで考えればスタンダードではないし、遅れている。
いや逆に日本はある意味進んでいると言う味方もできる。サッカーをビジネスから切り離した桃源郷を確立しているという味方も出来なくはない。
ファンやサポーターがスポーツマネージメントに疎いのは致し方ないが、監督、フロント、メディアが疎いのはイカン。このままではどんどん世界から遅れていくことになる
よく日本はメキシコのサッカーをおてほんにしたほうがよいという人が結構いるが、まずはメキシコリーグをビジネス面からマネることが大事だと思う。メキシコリーグにはJリーグの何倍も一億円プレーヤーが存在しますからね
2006/4/19(水)11:12
☆関西人頑張れ、ボーダー組論最近、小野が停滞気味だね。04年の頃の代表での存在感を思えば、今は信じられないほどバイオリズムが下降してる。中田英もやや下降気味に思う。ボルトンで事実上の戦力外通告があったとやら無かったとやら。DFの絶対的存在として今まで君臨してきた中沢も、最近はやや下降気味と思う。楢崎も良くない。柳沢は、言うまでもなく急下降。
こうして見ると、全員というわけじゃないにせよ「当確組」がやや落ちてきてるんだよね。逆に「ボーダーライン組」の方が頑張ってるかのようにさえ思う。遠藤や長谷部、阿部勇や今野、巻や村井、坪井や茂庭、結構みんな頑張ってバイオリズムとしての高みをキープしてる。やや落ち気味の「当確組」と、上り調子の「ボーダーライン組」、果たして最終的にどういうチョイスをジーコはすることやら。
思えばトルシエの時にせよ、チームの「当確組」のバイオリズムは結構ヤバかった。小野と西沢が虫垂炎、DFリーダー森岡は負傷癒えて間もない時期、宮本も鼻の骨折直後、もちろん高原の離脱も含めて決してチームは良い状態じゃなかったよな。だけど、23名のチョイスは結局ああいう形になった。まあ、トルシエの場合はやむを得まい。彼の場合は、人ありきでなく戦術ありき。リーグでの調子云々より、いかにトルシエ戦術を理解し、いかにその実行に適性があるかが優先されたわけだから。門扉は広く開いていたが、一方で試されては捨てられ、みたいな戦術適性ラボの構図が常にあった。幾多のラボの積み重ねの中で、トルシエ戦術をマスターしたエリート達が結局はセレクトされたように思う(中山と秋田は意外だったが)。繰り返し言うが、それはリーグでの好調不調云々の問題ではなかった。
一方、ジーコの場合は戦術ありきではなく、人ありき。いかに能力の高い人材を起用するかがキモだよね。だから、「こいつは能力が高い」とジーコに思わせた者が勝ちだよ。となると、リーグで「当確組」を圧倒的に凌駕して「ボーダー組」が輝くようなら、いつか大逆転が起きても何ら不思議はない。ジーコ選考にサプライズは無し、と我々は勝手に思い込んでいるが、実は最後にフタを開けてみるまで結論は分からないぞ。最近、やけに彼は視察してるしな。…と考えてJを観た方が楽しい、と思う今日この頃。もちろん、現実はさほど甘くはないだろうが…。
2006/4/18(火)0:57
☆関西人新庄は面白いね。どうしたら観客が喜ぶかをよく考えてると思う。ある意味、ファンサービスの天才だよね。でも彼自身は、「ファンサービスの為にやってます」みたいな感覚よりも、「自分はこういうのが好きだからやってます」みたいな感覚の方を強く持ってるんじゃないかなあ。
彼はムチャクチャ男前だし、多分人一倍自意識が強い。昔から「魅せる」ことを激しく意識して生きてきたんだと思う(少しナルが入ってると思う)。ファッション然り、髪型然り、CMで惜し気もなく裸体を晒してるが、あの肉体美も相当なもんだ。そうした「魅せる」ことの発展形として、今は球場でのカブリモノやバイクで登場のパフォーマンスに繋がってる。
でもね、勘違いしちゃいかん。パフォーマンスで魅せるのも大事なファンサービスだが、ファンにとって本当に一番嬉しいサービスは、自分が応援するチームが勝つことだよ。チームへの貢献度を計る絶対的基準とは、やはりチームの勝利にいかに貢献するか、ということに尽きると思う。巨人で最も視聴率を稼げた清原にせよ、戦力にならなければチームを出なくてはいけなかったのが現実。新庄のパフォーマンスなどもあくまでプラスαであって、一番大事なのは本業で結果を出すこと。まあ、当たり前の話。
でも彼自身、そのへんは解ってるみたいだね。ああいうパフォーマンスの一連は、野球をする上での自分を奮い立たせる為、自分にプレッシャーを与える為、みたいなことを言ってるらしい。単なるお調子者、というわけではないようだ。
Jにおいても、ゴン中山なんかはメディアの露出においてはおチャラケたりしてファンサービスの天才ぶりを発揮してるけど、いざサッカーになるとムチャクチャ真面目だよね。プレーしてる時の彼は「ファンサービス」とか「魅せる」とかは一切頭の中から吹き飛んでると思う。とにかく、勝とうという一心。でも不思議なもんで、そういう姿勢こそが一番の「ファンサービス」であり、ある意味「魅せる」プレーでもあるんだと私は思うよ。
2006/4/15(土)0:27
☆ウソップ輪ごーむ☆今、新庄の特集やってたけど…凄いね☆ヤバイね☆
小笠原に新庄菌うつすは、会場満員にさせるは…プレーの方も総合的には超はでは無いが一流なのは間違いない。
あんなやつがサッカー界にいたら盛り上がるだろうね☆
で、その新庄はいわゆる外から来た良い選手。金は使ってるけど…金をそのまま与えてるわけではないし、愛を金で買うって感じでもない。
でもとりあえず愛に溢れてると思う。
愛にはいろんな形があるんですね。
もちろん生え抜きの育成は重要ですが、外から来た人もクラブを変えれるんじゃないかという可能性を垣間見ました。
2006/4/14(金)1:29
☆関西人愛の限界論愛というのはジックリ時間をかけて育むもの、というのは同感だけど、人によっては「この世に金で買えないものは無い」「愛ですら金で買える」と言う人もいるだろうね。そして、そういう考え方で経営していくクラブは多くはないにせよ、ゼロではないように思う。そういう形の人間関係には、もちろん我慢なんて無いだろうね。
我慢と言えば、ジーコって結構我慢をしてるよな。どれだけ批判を浴びようと、特定の選手を頑固に起用し続ける。セリエで出場機会に恵まれず試合勘の無かった中村をエースとして使い続けたり、クラブで控えに回ることの多かった加地や宮本を使い続けたり、今でも本調子ではない久保を使い続けたり。そうやってジーコが我慢し続けた選手は、全てというわけではないにせよ時間をかけて少しずつ良くなり、やがてチームに不可欠な存在になっていった。…愛の力、恐るべし。
話は少し変わるが、医学的・科学的見地に立てば、愛というのは実は長続きしにくいもんらしいね。ある学者が言ってるのを聞いたことがあるんだが、生理的な意味で人と人が愛し合う高いテンションの持続というのは、個人差があるにせよ平均的には4年というのがひとつの限界なんだそうだ。じゃ、4年以上夫婦関係や恋人関係を持続してる数多くのカップルをどう説明すればいいのかはよく分からんが、それらはテンションをやや低い位置で安定させることに成功してるんだろう。しかし、代表やクラブのように目的がハッキリした関係においては、そういう「低い位置で安定したテンション」というのは、少しキツいだろうな。
ひとつの目安は「4年」。W杯も五輪もアジア杯も、4年というターム。それがひとつの高みを目指すにあたっての限界なんだと思う。クラブにおいても、主力が4年間入れ替わることの無いクラブは、やがて衰退の道を歩み始めている。ジーコ代表にしても、大幅には顔ぶれを入れ替えることなく3年以上の月日を強化に費やしたんだから、ある意味で限界点に到達間近かもしれんぞ。
2006/4/13(木)18:42