あかはたともみの”でいり〜赤旗”掲示板

過去ログ41 2004/4/8 1:51

◆蒼月
日の丸・君が代
>「きみ」と「よ」
近いうちに暇を見つけて、時代別国語大辞典の上代編を調べに行ってこようと思います。これで「君が代」が「やまとことば」でないから、国歌に相応しくないという半共分子さんの批判について答えを出せると思います。
一応、「おおきみ」は接頭語「おお」と名詞「きみ」の組み合わせであり、「きみ」はやまとことばでないという批判は適当ではない、という仮説を示しておきます。時代別国語大辞典でその確認をしてきたいと思います。
論破したからと言って、半共分子さんが意見を変えられるとは思いませんが、少なくとも論拠の一つを失うことで社会的影響力が小さくなります。民主主義における議論の意義はそういったところにあるのでしょう。

>教育現場での問題
そもそも、卒業式や入学式、いや教育現場というものは教員個人の思想信条を示す場であるのでしょうか?
現行の学校制度では生徒児童は教員を選ぶことはできません。そんな状況で現場の教師が自分の判断で勝手なこと(それが各々の良心や信念に基づくものであっても)は好ましいことではないと思います。もともと、今の学校制度は戦前にナチスドイツの制度を模倣して作られたものなので、そういう欠陥を抱えています。そういう欠陥のある中で、すべての生徒児童に出来る限り平等である為には教員は仕事の場においては個性を塗りつぶすことを甘受するべきです。
もちろん教員の個性を塗り潰すというのは妥協案であって、そういう状態が好ましいとは思いません。理想的なのは、教育者がそれぞれの信ずる教育方法を表明し、生徒児童もしくはその保護者が自由に選択できるという状態でしょう。
教育における日の丸君が代の問題は教育制度そのものの問題のハイライトに過ぎないと考えます。日の丸君が代の問題とは分けて考えたほうが分かりやすいと思います。
2004/4/8(木)1:51

◆のもくん
愛知
相手(国)のことも考えて
引用続き

我らはいずれの国家も自国のことのみ専念して、他国を無視してはならないのであって政治道徳の法則は普遍なものであり、この法則に従うことは自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。

日の丸と君が代を信ずる人はその誇りと信念を持って信じればいい。それを否定することこそ思想信条の侵害である。
これは僕個人の考えだか、日の丸、君が代で僕が問題にしているのはそのものを否定することでは全くない。

一つはこの問題に対する露骨な政治の介入と個人の思想信条に対する戦前まがいの侵害である。これは許されない。

もう一つは憲法前文で触れたように「自国のことのみ専念して」でいいのかと言う問題。(小泉氏の引用とは意味も意図も趣旨も違う)
日の丸・君が代を信ずる人にとっては誇りと信念に基づく行動でも他の国の人はどうか。そして戦争を体験した人にとってはどうか。
知らないうちに人を傷付ける・・・よくある話ですが・・・
日韓併合で植民地支配を受けた朝鮮国民は国語教育の下、この日の丸、君が代を強制された。それがどんなに恐怖と隷属と屈辱の象徴だったか・・例えばこのような実例もある。

僕は共通の歴史認識を持とうと言う他国間の行動はそれが事実に基づいた正当な調査によるものならそれは平和と国交を築く要と考える。

この問題も多国間の交流の後、国民投票で決めるべきであろう。

ね、「自国のことのみ専念」することがどれだけ対立と紛争と戦争を生み出しているか・・深く考えたいのです。
2004/4/8(木)0:36

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