1 ザックス・ケロベロイヤ
冥界公爵奮闘記
「はあ!?視察だぁ?」
その日、冥界のとある公爵家の主は、素っ頓狂な叫びをだした。
一通の手紙が、彼のこれからを変えたのだ。
人だけにあらず、人生とは波乱に満ちたものである。
手紙の内容はこうだ。
異世界ノイヴェルト帝国をその目で確かめ、報告せよ。
「ふざけんな!なんでこの俺様が?あのクソババァの邪魔もなくなって、人生薔薇色じゃなかったのかよ!?」
「御館様、声が大きいですぞ。」
眉をひそめて咎めたのは、この館の主たるザックス・ケロベロイヤを幼い頃から教育してきた初老の男。
ユシリス・オーフェン。
漆黒の髪を後ろに撫でつけ、眼鏡を付けた体躯の良い男だ。
かつては死神として名を馳せていたが、ザックスの教育係となってからは、現役を引退している。
「良いではありませぬか。視察とは、大任です。行って株を上げるのも、一つの手ですぞ。」
「ケッ…興味ねえよ、んなもん。」
低く唸りながら、ザックスはソファーへと横になる。
どんなに面倒で、興味がなくとも、どうせ行かねばならぬのだ。
「面倒くせ……。」
そう呟いて、男は目を閉じた。
その日、冥界のとある公爵家の主は、素っ頓狂な叫びをだした。
一通の手紙が、彼のこれからを変えたのだ。
人だけにあらず、人生とは波乱に満ちたものである。
手紙の内容はこうだ。
異世界ノイヴェルト帝国をその目で確かめ、報告せよ。
「ふざけんな!なんでこの俺様が?あのクソババァの邪魔もなくなって、人生薔薇色じゃなかったのかよ!?」
「御館様、声が大きいですぞ。」
眉をひそめて咎めたのは、この館の主たるザックス・ケロベロイヤを幼い頃から教育してきた初老の男。
ユシリス・オーフェン。
漆黒の髪を後ろに撫でつけ、眼鏡を付けた体躯の良い男だ。
かつては死神として名を馳せていたが、ザックスの教育係となってからは、現役を引退している。
「良いではありませぬか。視察とは、大任です。行って株を上げるのも、一つの手ですぞ。」
「ケッ…興味ねえよ、んなもん。」
低く唸りながら、ザックスはソファーへと横になる。
どんなに面倒で、興味がなくとも、どうせ行かねばならぬのだ。
「面倒くせ……。」
そう呟いて、男は目を閉じた。
8 〜[〜
深紅の制服を翻し、帝国の公爵は歩き出す。
途中、監察官に声を掛けると、彼はこちらに軽く頭を下げて、彼女の後ろを付いていった。
今だ呆然と立ち尽くすザックスと、それになんと声を掛けるべきか分からないユシリス。
初めこそ、ギャラリーは此方をチラチラ見ていたが、二人が一向に動かないと分かれば、次第にいつもの活気を取り戻していった。
「……ユシリス。」
「なんでございましょう。」
先に口を開いたのは、意外にもザックスだった。
「アイツ、何つった…?」
「ロード公閣下のことでしょうか?」
「俺を、認めないとか、ほざきやがった。」
「御館様……。」
「お前を、罵倒もしてたな。」
プライドは、ズタズタだった。
冥界公爵という地位は、男にとって誉れだった。
自分は強くなって、認められたのだと。
誰も、妾腹の子だとあざ笑うこともない。
「御館様…、ユシリスは、この視察の続行を進言いたしますぞ。」
「続行だと…客を罵倒するような国を、見て回れっつーのか?」
怒りに燃えるザックスをよそに、ユシリスは静かに言い放った。
今すぐにでも帰りたい彼にとっては、あまりにもふざけた言葉にしか聞こえない。
だが、ユシリスは引かなかった。
「確かに、我々は恥をかかされたと言ってもよいでしょう。だからこそ、貴方様は任務を遂行せねばなりません。」
「お前は、視察に意味があるって言うのかよ。」
「勿論でございます。」
結局、ユシリスに従うように、ザックスは視察を開始する。
途中、監察官に声を掛けると、彼はこちらに軽く頭を下げて、彼女の後ろを付いていった。
今だ呆然と立ち尽くすザックスと、それになんと声を掛けるべきか分からないユシリス。
初めこそ、ギャラリーは此方をチラチラ見ていたが、二人が一向に動かないと分かれば、次第にいつもの活気を取り戻していった。
「……ユシリス。」
「なんでございましょう。」
先に口を開いたのは、意外にもザックスだった。
「アイツ、何つった…?」
「ロード公閣下のことでしょうか?」
「俺を、認めないとか、ほざきやがった。」
「御館様……。」
「お前を、罵倒もしてたな。」
プライドは、ズタズタだった。
冥界公爵という地位は、男にとって誉れだった。
自分は強くなって、認められたのだと。
誰も、妾腹の子だとあざ笑うこともない。
「御館様…、ユシリスは、この視察の続行を進言いたしますぞ。」
「続行だと…客を罵倒するような国を、見て回れっつーのか?」
怒りに燃えるザックスをよそに、ユシリスは静かに言い放った。
今すぐにでも帰りたい彼にとっては、あまりにもふざけた言葉にしか聞こえない。
だが、ユシリスは引かなかった。
「確かに、我々は恥をかかされたと言ってもよいでしょう。だからこそ、貴方様は任務を遂行せねばなりません。」
「お前は、視察に意味があるって言うのかよ。」
「勿論でございます。」
結局、ユシリスに従うように、ザックスは視察を開始する。
9 〜\〜
本当に意味があるのか、視察が終われば分かること。
一週間、招かれし冥界の公爵は、ひたすら帝都を見つめ続けた。
色んな者たちと出会う度、話を聞く。
その度に出るのは、皇帝の存在と、「平和」。
幸せそうな笑顔が、辺りには広がっていた。
「何でだ?」
一週間、帰国準備が整い、待合い時間の
今でさえ、分からないことは多々ある。
いや、分からないことが増えた、と言ったほうが正解だろう。
なぜ、皆、こうして笑っているのだろうか。
なぜ、ここまで皇帝の存在は大きいのだろうか。
王とは、元来、下々にとって威厳と、畏怖を兼ね揃えた存在なのではなかったか。
「そういった固定概念は、いずれ自らを滅ぼすことになるぞ。」
「!……テメー。」
広場の端、ベンチで人の行き交う様を見つめていたザックスの、まるで思考を読んだかの如き言葉。
驚いて振り向いた先には、腕を組んだ、帝国ただひとりの公爵が立っていた。
また人を罵りに来たのか、そう言いたげに表情を歪ませたが、女は一向に、使者たるザックスを視界に映さない。
よって、恐らくそれに気づいてもいないのだろう。
「分からないか?」
「なにが。」
「ここに来て、私は数え切れない時を過ごした。既に私を置いていった者も、私より年若く、しかし老いた者もいる。」
一週間、招かれし冥界の公爵は、ひたすら帝都を見つめ続けた。
色んな者たちと出会う度、話を聞く。
その度に出るのは、皇帝の存在と、「平和」。
幸せそうな笑顔が、辺りには広がっていた。
「何でだ?」
一週間、帰国準備が整い、待合い時間の
今でさえ、分からないことは多々ある。
いや、分からないことが増えた、と言ったほうが正解だろう。
なぜ、皆、こうして笑っているのだろうか。
なぜ、ここまで皇帝の存在は大きいのだろうか。
王とは、元来、下々にとって威厳と、畏怖を兼ね揃えた存在なのではなかったか。
「そういった固定概念は、いずれ自らを滅ぼすことになるぞ。」
「!……テメー。」
広場の端、ベンチで人の行き交う様を見つめていたザックスの、まるで思考を読んだかの如き言葉。
驚いて振り向いた先には、腕を組んだ、帝国ただひとりの公爵が立っていた。
また人を罵りに来たのか、そう言いたげに表情を歪ませたが、女は一向に、使者たるザックスを視界に映さない。
よって、恐らくそれに気づいてもいないのだろう。
「分からないか?」
「なにが。」
「ここに来て、私は数え切れない時を過ごした。既に私を置いていった者も、私より年若く、しかし老いた者もいる。」
10 〜]〜
短命な種族は、瞬きの間に命が尽きる。
彼女の命の終わりはまだ見えなくて、これからも何度と、繰り返されること。
「お前は、そういった出会いに、何度出会ったことがある。同じ血を分けた者しか住まぬ地では、そう何度もはないだろう?」
「………。」
この地には、世界も種族も関係ない。
だからこそ、知らぬことを学べる。
気づけぬことに、気づけるのだ。
「笑っているだろう?心にどれだけの苦しみを抱えても、それすら越えていく。」
「……俺が、間違ってると言いたいのかよ。」
「いいや、間違ってはいない。だが、正解でもない。」
「だったら、なんで俺を呼びやがった。」
「それは、お前が考えることだ。」
本当に、視察に意味があったかさえ、ザックスには分からない。
疑問だけが増えてしまった。
やはり、帰るべきだったのかもしれないと、後悔すらしていた。
睨むように、セリシアーシャを見つめていると、彼女はそれ以上は留まるつもりがないのか、クルリと背を向けた。
「…なぜ、と。そう思えただけでも…まあ、良しとしてやろう。」
「何だそりゃ。振り回すだけ振り回して、後は放置かよ。」
「当たり前だ。後は…おまえ自身の問題だ。おまえが考え、答えを導き出さねば意味がないのだから。」
そして今度こそ、立ち去っていった。
彼女の命の終わりはまだ見えなくて、これからも何度と、繰り返されること。
「お前は、そういった出会いに、何度出会ったことがある。同じ血を分けた者しか住まぬ地では、そう何度もはないだろう?」
「………。」
この地には、世界も種族も関係ない。
だからこそ、知らぬことを学べる。
気づけぬことに、気づけるのだ。
「笑っているだろう?心にどれだけの苦しみを抱えても、それすら越えていく。」
「……俺が、間違ってると言いたいのかよ。」
「いいや、間違ってはいない。だが、正解でもない。」
「だったら、なんで俺を呼びやがった。」
「それは、お前が考えることだ。」
本当に、視察に意味があったかさえ、ザックスには分からない。
疑問だけが増えてしまった。
やはり、帰るべきだったのかもしれないと、後悔すらしていた。
睨むように、セリシアーシャを見つめていると、彼女はそれ以上は留まるつもりがないのか、クルリと背を向けた。
「…なぜ、と。そう思えただけでも…まあ、良しとしてやろう。」
「何だそりゃ。振り回すだけ振り回して、後は放置かよ。」
「当たり前だ。後は…おまえ自身の問題だ。おまえが考え、答えを導き出さねば意味がないのだから。」
そして今度こそ、立ち去っていった。
11 〜]T〜
「おい」と、制止の声を掛けたが、立ち止まる素振りもない。
だが、仮に立ち止まられたとしても、ザックスにはかける言葉などなかった。
何故なら、答えなど持ち合わせていないから。
だが、彼女の言葉から、分かったこともある。
「御館様、お待たせいたしました。そろそろ…」
「お前は一人で帰国しろ、ユシリス。」
搭乗手続きも何もかもを済ましたユシリスに、ザックスは迷うことなく告げる。
「視察を続行する。お前は帰ってそう伝えろ。あと報告もだ。」
「御館様……。」
「なんだよ、悪ぃかよ。」
悪態ついた自らの主に、ユシリスは首を横に振ると、良いことだと言った。
小さな枠組みに捕らわれることなく、主人はこれから、大きく成長するのだろう。
それを望む者がおり、この国には導く者がいるのだから。
沢山の疑問を抱えながら、それでも彼は歩き始める。
国と…そして、自らの未来(あす)のために。
END.
だが、仮に立ち止まられたとしても、ザックスにはかける言葉などなかった。
何故なら、答えなど持ち合わせていないから。
だが、彼女の言葉から、分かったこともある。
「御館様、お待たせいたしました。そろそろ…」
「お前は一人で帰国しろ、ユシリス。」
搭乗手続きも何もかもを済ましたユシリスに、ザックスは迷うことなく告げる。
「視察を続行する。お前は帰ってそう伝えろ。あと報告もだ。」
「御館様……。」
「なんだよ、悪ぃかよ。」
悪態ついた自らの主に、ユシリスは首を横に振ると、良いことだと言った。
小さな枠組みに捕らわれることなく、主人はこれから、大きく成長するのだろう。
それを望む者がおり、この国には導く者がいるのだから。
沢山の疑問を抱えながら、それでも彼は歩き始める。
国と…そして、自らの未来(あす)のために。
END.
12 あとがき
此処まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
ザックスとセリの言い合いが書きたくて書いたブツ。
ギャグのつもりが、やっぱりシリアスくさくなりました。
お子ちゃまなザックス。
これから成長してくれることを願ってます。
ザックスとセリの言い合いが書きたくて書いたブツ。
ギャグのつもりが、やっぱりシリアスくさくなりました。
お子ちゃまなザックス。
これから成長してくれることを願ってます。