1 アーシェス・ユミル・アージェイト

魔纏の霹靂

その報せを、果たしてなんと呼べばよかったのか。

凶報。或は、朗報。

言えることは、速報ではなかった、それくらいか。

それがどんな意味を孕んでいたのか、今ならば少しは見える気がするが。
なんにせよ。
私は随分と浅はかだったのかもしれない。

鏡中に在る、染み入る黒は、もはや抜けることはないだろう。
だが、むしろ、それでいい。
この“ただ包み込む光”を喰い破る爪牙を得ることができるならば。


私は敢えて、魔を纏う。
一陣の霹靂となりて迸り、堕ちようと想う。


‐碧落の楯‐
《アーシェス・ユミエル・ヴァルキュリア》
16 ‐13‐
彼の表情は本当に残念そうで…そして、哀れみを含んでいた。

「答えは教えていた筈だがな…いや、この場合の、ではないが。まあ、つまりだ…君は意味をはき違えた。そういうことさ」

なんの躊躇いもなく、ラスヴィーが腕を引く。
併せて無遠慮に引き抜かれる白銀の刃…。
支えを失って、私は自らの血溜まりに沈み込むように倒れ込んだ。
膝をついた形で堪えれたのは、偶然。
だが、無様に這いつくばるのは流石に受け入れがたかったから、僥倖。

「アーシェス、君は“何のため”にこんな事をしたのか…自分で理解しているか?」
「…私は、護る…」

不思議と、痛みは感じていないのだが。
咥内に広がる鉄錆味が、どうにも喋りにくい。

「言い分は判るつもりだが…それは“詭弁”であり“偽善”だよ」

ラスヴィーの声が、いやにはっきり聞こえる。
否定したかった。


私は、彼女を。
彼女達を護りたかった。
なにに代えても、護ってやりたかった。
私は、神界を。
秩序を護りたかった。
誇りにかけて、護り続けたかった。
なのに…


「君は名に枷られて、目的を間違った。君がやるべきは“誰のため”であるべきだった」
「誰の…為?」

「…もう少し、我儘であるべきだったんだよ」

私は、たぶん顔をあげたんだと思う。

「私達のような存在が、型にはまる筈がない。だから、我儘であるべきだったんだよ」

違った。
気づけば、私は立ち上がっていた。
ゆっくりと振り返る。
痛みはないが。
感覚はないが。
なぜか、実感している。

「…どうして?私は自分のために刃を執った。こんなにも自分勝手なのに」

今度は、喋れた。
穏やかな笑みを浮かべるラスヴィーの顔を見上げて。
「でも、誰かのために…彼女のためになるのならと。想っていたのに!」

私は───
17 ‐14‐
「それがたんなる自己満足だったと、気づいていたのだろう?恩着せがましい、押し付けだと」

ラスヴィーが、私の顔に手を伸ばして。
そっと、すくってくれた。私は…泣いていた。

「彼女達が導いたのは、転機、だったんだよ。変わらないといけないんだ」
「…私は!」


“楯”ではなく“剣”たれ


私は声をあげて哭いた。
痛かった。
どうしようもなく、痛かった。
傷の痛みが。
悔しさが。

「もう、考えなくていい。思うままに、やってみればいい」

思うままに…。
そうだ、そうしよう。
そうするべきだ。

私は、名を呼んだ。
私の、名を。
思うままに、在るがままに!


『アージェイト!!』
18 ‐15‐ エピローグ
「それでそれで?」

目の前で、身を乗り出して続きをねだる少女の髪を、優しく撫でる。
外は嵐だ。
夕刻を回っても、その勢いは衰えることを知らない。簡素な造りの木造の家屋がキシキシと鳴いている。

「戦乙女は、その名が示す通り、影を喚んだの」
「じゃあ、悪い子になったの?」

「そうね…そうかもしれない。でも、変わりはしなかった」
「?」

少女は首をかしげた。

「翼を失い、それまでの名前もなくなった。でも、彼女は本当の意味で我儘になった。我儘ってことは、ある意味悪い子だものね。あなたはどう?」
「わたしはいい子だもん」
少女は笑顔で答えた。
私も、笑顔で頷いた。

「うん。じゃあ、お話はここまで。…そろそろおやすみなさい、ね?」
「え〜!?まだお話おわってない〜!」

「フフッ、そうね。でもね?物語は今も続いてるの。だから、この続きはもうちょっとしないと、私にもわからないの」

頬を膨らませて椅子にしがみついていた少女は、しばらく駄々をこねた。
可愛らしい抗議に、あなたはいい子でしょ?となだめすかしながら、わたしは席を立った。

「じ、じゃあ、お姉ちゃん!…その…」
「…うん?」

「じゃあ、もう…おやすみなさいするから…その、一緒に…」
「フフッ、いいわよ。あなたが眠るまで、一緒にいてあげる」
「うん!」

嬉しそうに手を引く少女。私はただ微笑みながら、それに従った。
19 ‐16‐
すやすやと眠る少女を見下ろす。
そっと、その頬を撫でてから、私は部屋をあとにする。
少女は、最後に一つだけ訊いてきた。
ぽわぽわとした瞳で、微睡みに落ちる前に。

『あの人は、あれからどうしたの?』

だから、私は答えた。

「…そうね。きっと戦っているわ。だって、彼女は剣になろうとしてるんだから」


   † ‡ † 

「これで、よかったのでしょうかね…」

神界───
主神の御前たる謁見の間で、男はひざまずき頭を垂れていた。
今此処には二人だけだ。

「─────」

返された言葉は短かった。
男は苦笑した。

「そんなものでしょうかね…」

「───」
「まあ、そうでしょうね」
「──────」
「ああ、それはわかってますよ」

男が立ち上がる。

「とりあえずは静観します。あとは彼女たち次第。実際、もう私の出る幕は無いかもしれませんから」
「──────」

「はい。わかりました。陛下の御心のままに…」

恭しく一礼して、踵を返す。
最後に一言───


「これから忙しくなりますね」


男は御前を後にした。

その日は珍しく、日が陰っていた。
一雨来るかもしれない。
遠く聞こえる雷鳴に、男は───ラススヴィエートは


『ああ…本当に。忙しくなるだろうな』


笑みをこぼすのだった。


──────────── close in story...?
20 あとがき......
今回、私のPCであるアーシェスの、いわゆる過去っぽい物語を書かせていただきました。
まずは、ここまで駄文にお目を通していただけたことに感謝いたします。


きっかけはセリシアーシャPLであられます蓮華様のお心遣いへの感銘からですが、如何だったでしょうか?
なにぶん思慮浅いところばかりではありますが…
これも一つの“if”としてでも見ていただければ幸いです

なにぶん文才に乏しいもので、理解に難しいところや、急ぎすぎた部分もあるかと思いますが、そこはご容赦くださいませ。

機会があれば、また次の挑戦に繋げていきたいと思います。


では、長くなりましたが、最後に。
ご協力いただけた蓮華様、読んでいただけた皆様に。
ありがとうございました