1 ロリエル・シェリーハーツ

愛されしアルビノ

その昔、戦うための爪と牙を神に返し、癒しの力を受け取った竜人の一族があった。


森の中の小さな家に、心から愛し合う幸せな夫婦が暮らしていた。
二人は癒しの一族の末裔であり、森の中で小さな診療所を開いていた。

やがて二人の間に、新しいひとつの命が生まれた。


愛されしアルビノ
 ― contents ―

 序章   >>1
 物語   >>2-9
 あとがき >>10
6  
苦悩は限界となり、ナイフを落として耳を塞いだ。
瞼は固く閉ざした。
もう、どうすることもできない

――突然、何かに呼ばれた気がして目を開けると、そこは真っ暗な空間だった。
目の前には目を閉じた彼女が立っている。
耳から手を離し怪訝な表情で見つめていると、彼女が突然目を開けた。
美しい空色だったはずの目は血のように赤く染まり、腕や頬の痣模様は同じ色に光り出した。
やがて彼女が口を開く。
その声は頭のなかに直接、頭を割るほどに響きわたった。

『〈白い魔物〉は誰をも救えない』


泣き叫ぶような声にはっとして我に返ると、彼女の胸にすがるように彼は泣き崩れていた。
痣模様は全て消え、瞼は閉ざされていた。
いたたまれずにその場から逃げ出し、診療所まで必死で走った。
自分は体が弱く、少し走っただけで倒れそうになることさえも忘れて走った。
優しい母の胸に飛び込みたかった。
ところが診療所にたどり着いていつものリビングに飛び込むも、母の姿はなかった。
リビングを飛び出して診察室に入った。

「母さま……っ…!」
7  
思わず息を詰まらせた。
診察室の患者用ベッドに横たわっていたのは、紛れもない、自分の父親だった。
さらにその腕や頬には、先ほど見たばかりの不気味な痣模様が浮き上がっていた。
ロリエルの声に、ベッドのそばに立っていた母親は力なく振り返った。

「…ローラ、お帰りなさい」

半ば諦めたように笑う母親の手には、ナイフが握られ、その切っ先は今にも自分の胸を貫こうとしている。

(母さま、やめてください…助かる方法はあるんです…!)

叫ぼうとしても声にはならず、動こうとしても足は進まなかった。
ふらふらとその場にしゃがみ込み目を固く閉ざした。
何も見たくない――

暗い空間、瞼に写った父の姿。
優しげな青い瞳のかわりにはめ込まれた、赤色。

『〈白い魔物〉は何を得ようと失う』


目を開けて立ち上がれば、父親の体から痣模様は消え、その表情は安らかだった。
母親は伸ばした腕を瞬時に曲げ、鮮やかな赤色がほとばしった。
それらの光景を、ロリエルはただ立ち尽くしてぼんやりと見つめていた。
8  
父親の右手に一冊の本。
それは、ロリエルが生まれてから1年の間、父親が1日も欠かさずに書いた日記帳。
手に取って表紙を開いた。

[6/15
ついに子供が生まれた!女の子だ!
でも、この子には色素が全くない。
早く何とかしなければ、この子は殺されてしまう…]

色素が、全くない?
ロリエルは首を傾げた。
自分の髪は確かに白い。
しかし、瞳は青色だ。
色素がなければ瞳は赤色になるはず。
そして、殺されてしまう…とは?
ページをめくった。

[6/18
色素注入は成功。
これでこの子が不吉な〈白い魔物〉などという名前で呼ばれることはないし、命を狙われることもないだろう。
それにしても綺麗な純白の髪だ。まるで天使のようだ。
相談の結果、名前はロリエルになった。]

ロリエルの目は次第に見開かれた。
脳裏にあの言葉が蘇った。

『〈白い魔物〉は誰をも救えない』

『〈白い魔物〉は何を得ようと失う』

震える手で日記帳を閉じた。
父親の胸にそっと置いた。

「不吉な…〈白い魔物〉。それが私…」

自分の純白の髪をそっと撫でてみた。
手足は震え出し、目には涙が溢れた。
9  
数え切れないほど長い年月を、ロリエルは診療所で働きながら孤独に過ごした。
あのような出来事があったにもかかわらず自分を責めることなくあれほど慕ってくれた狼達も、いつしかいなくなっていた。


膨大な数の資料や研究のための機材、薬品のほとんどは、運び屋に預けた。
あとは自分だけ。

ロリエルはドアに紙を貼り、診療所の裏に眠る両親の墓石にキスを贈ると、自分が生まれた診療所をあとにした。

大好きだった家を、旅立った。


[森の民へ

今までお世話になりました。
薬は少し残しておきます。自由に使ってください。

ロリエル・シェリーハーツ]


 ― fin ―
10  
■あとがき

ローラが生まれてから神界を出るまでを綴った「愛されしアルビノ」、いかがでしたでしょうか?

意外と短くまとまりました。
良かったです(ホッ)

よろしければ「Message」のローラスレッドにて、ご意見やご感想、厳しいご指摘から激しいツッコミまで、頂けたら大変嬉しいです^^*

最後に、ここまで読んで頂き誠にありがとうございました。