1 ヴィアレス=ブロード

戦乙女〜編ノ章〜

その手を 離したくはなかった

だって 可愛らしいから

とっても 愛しいから―…

だから 本当は


この 白く


何よりも気高く


細く そして


そして―…


何よりも 弱い


あの子の手を


離したくは、なかった。
17 〜]Y〜
だってそれは、アタクシにも覚えのある感情だったから。
何も言えず、ただ彼女を見つめるしかなかった。

だから、気付けなかった…。
一陣の風が吹き抜けて、
思わず目を閉じ、ゆっくりと開けて、
視界に広がったのは、血の海に横たわる漆黒の戦乙女。
深く、深く、左肩から右の横腹までを斜めに肉を抉られて。
身体を痙攣させながら、こちらへと必死に手を伸ばしていた。

「シ…シャンディアァァアァ!!!!」
「あ…ね、じゃ……っど…して…」

アタクシが、シャンディアへと身を乗り出すと、抱き締めていたはずの男の姿がなくなって、
変わりに、アタクシの背後から生暖かい雨が降ってきた。

「……ぇ?」
「私の目的は、ヴィアレスの保護だ。その目的を邪魔するのであれば、如何なる者であろうとも容赦はしない。それが非力な人間でも…かつての妹でも…な。」

聞こえた声は、随分と冷たかった。それから何かが地面に捨てられたような音がして、アタクシはゆっくりと振り向いた。
そこには、先ほどまでこの腕に抱いていたマクスの、変わり果てた姿…。
胴を切断され、絶命している。
先ほどの生暖かい雨は、血飛沫だったのだろう…辺りには血が飛び散っていた。

「な、に…どうして…」
「目的のためだ。私は、目的のためなら手段は選ばない。だから殺した」

紡がれた言葉は、やはり冷たかった。
18 〜]Z〜
とどめだと言わんばかりに、彼女は血まみれの剣を振り上げる。
その標的は、事切れる寸前の妹で。
アタクシはそれを阻止すべく、セリシアーシャへと駆け寄った。

「や、やめて…やめて、セリーッッ」
「…遅い」

けれど、届かなかった。
アタクシの声は彼女に届かなくて。
振り下ろされた剣によって発せられた風の刃は、無情にもシャンディアの命を絶ったのだった。

「う、そ…うそ…。こんなの…うそ、よぉ…」
「…立て、ヴィア。じきに他のヴァルキリーが来る…その前に帝都へ…」
「…何よ…それ…」
「……」
「何なのよ、それは!!」

当然のごとく、セリシアーシャは言い放った。
煩わしそうに剣に付いた血を振り払って、さも当然のように、アタクシに手を差し延べた。
マクスを殺し、シャンディアを殺したその手を、当たり前のように…。
激昂したアタクシはその手をはたき落として、睨み付ける。
勢いに任せて、その胸倉を掴んで…怒りに身を任せるしかなかった。

「何故、何故殺したの!?殺す必要などなかった筈よ!シャンディアはアタクシを殺したかったわけじゃない…マクスだって、アタクシを助けただけな…」
「私にとって、今何よりも大切なのはヴィアレスという存在だけだ!」
「なんですって…」
「これが、私がヴィアに与えられる生きる理由だ。…私を憎め…憎んで…生きて、姉様…」
19 〜][〜
どれくらいの日々が流れたのだろうか。
人の姿や文明が動いていく中、この空とこの地は、変わらぬ姿を残していた。

「ここに来るのは、何時くらいかしら。」

手には白百合の花束、身なりを喪に服して、かつて地を啜り、赤黒く豹変した土へと、花を添える。
ここは、マクスとシャンディアが…いいえ、アタクシを匿ったせいで、村人さえも殺された地。
あの光景は、どれだけの時が流れても忘れられない。

「……ヴィアレス…?」

ソロリと土を撫でていると、驚いたかのように紡がれた、自らの名。
立ち上がってゆっくりと振り返れば、あの時と変わらず、美しい金の光を纏った妹が、アタクシ同様白百合の花束を持って立っていた。

「久しぶりね、セリ。」

不思議と、憎しみは湧かなかった。
憎んで欲しいと言われた時は、当然だと思っていたのに、今は……以前よりも愛おしい。
これも全て、時間が成してくれたのだろう。

「アナタに帝国へ連れて行かれて、…でも、直ぐに魔界へ行ったわ。そこでいろんなものを見て…知ったのよ。」
「そう、か。」
「憎んで、殺すために、力を付けた。けれど、力を持つ度に、何かが違う気がした。……分からなくて、そして今、分かったの。」

なんて穏やかなのだろう。
この気持ちをマクスやシャンディアは許してはくれないだろう。
けれど、それでも……。

「有難う、アタクシを生かしてくれて。ありがとう、アタクシを姉と思ってくれて。」
「……ヴィア、レス…。」
「今なら、今だから分かるの。アナタがなぜ、わざわざ二人を手に掛けたのか。…アタクシの、たった一人の可愛い妹…、アタクシはまだ、アナタの姉を名乗る資格を持ち合わせているかしら?」

はじめこそ、驚いていた。
翠の瞳を丸く見開いて、狼狽えていた気さえする。
けれどすぐに、泣きそうな、けれど安心したような笑みを浮かべて……何だかアタクシまで安心してしまったわ。

「アタクシたち、随分遠回りしてしまったみたいね?」
「……だが、必要だったのだろう。」

つないだ手と手。
二度と離さないというように、きつく握りしめた。
20 〜終ノ章〜
アタクシは現在(いま)、歌を歌っている。
専ら専門はオペラだけれど、童謡や、妹にせがんで無理矢理一緒に歌わせたり……。
ああ、自己紹介がまだだったわね。
アタクシはヴィアレス・ブロード。
ロード公邸宅に仮住まいしている、ナイスバディな魔属よ。
必要悪ってあるじゃない?
たまに裏通りで悪さして、たまに魔界へいってストレス発散して、そんな感じで人生エンジョイしていてよ。
……アナタはどうかしら?
嫌なことや辛いこと、悲しいこと…生きていれば、色々なことがあるけれど、挫けてはだめ。
全部ひっくるめて、楽しまなくては損だもの。

「ヴィアレス、客人用のお茶請けを食べたな!?あれほど食べるなと言っただろう!!」

あらあら、言っている側から、アタクシ最大の大ピンチではなくて?
まあ、分かっていたことだけれど。


うふふ……さあ、アタクシの話はオシマイ。

次の話を、お探しなさいな?


〜End〜
21 後書きという名の反省会
やっっと、完成ー!!

言葉足らずなとこが多々ある気がしてなりませんが、補足するところは一つ。

ヴィアレスがセリに再会したときに、彼女を許せたのは、セリがマクスとシャンディアを手に掛けた意味を理解したからです。

その理解の内容は…言いません。皆様で考えて、セリの思いを分かってほしいです。

ちなみに、シャンディアは死んでません(笑)
そのことについては、また次回の小説で…。
ここまで読んでくださった皆様に、感謝を。

ありがとうございました。