1 ロリエル・シェリーハーツ

愛されしアルビノ

その昔、戦うための爪と牙を神に返し、癒しの力を受け取った竜人の一族があった。


森の中の小さな家に、心から愛し合う幸せな夫婦が暮らしていた。
二人は癒しの一族の末裔であり、森の中で小さな診療所を開いていた。

やがて二人の間に、新しいひとつの命が生まれた。


愛されしアルビノ
 ― contents ―

 序章   >>1
 物語   >>2-9
 あとがき >>10
2  
「ロリエルはよく眠っているみたいだね」
「ええ…幸せそうな寝顔でしょう?」
「その通りだよ。本当に君に良く似た優しい顔だ。この子も、いつしか大人になったら、きっと僕たちのように幸せな家庭を築けるのかな…」
「…大人に……」

そこまで言うと二人は沈黙した。

二人の愛の結晶は、純白の髪に、血のような真紅の瞳――色素を持たないアルビノ。


両親は子に人工的な色素注入を試みる。
瞳の色は深い海のような青色となった。
しかし髪の色素だけは何故か抑制され、純白のままだった。

「これなら…完全なアルビノではない」
「ありがとう、あなた…ロリエルはここにいても、いいのよね…?」
「もちろんだ。誰がこの子を魔物などと呼ばせるものか…僕たちの愛しいロリエルを…」

〈白い魔物〉と呼ばれるアルビノは、育つことを許されない。
2人は自分たちの子供の本来の姿を絶対に外には出さなかった。


幸せなアルビノは成長し、少女となった。
少女は幼さ故に舌がうまく回らず、その名前を発音することができなかった。発した名前は「ローラ」。

少女はやがて娘となり、いつしか一人の女となった。
3  
「ローラ、聞いてくれよ!あのコは、俺なんかちっとも見てくれやしねぇ!」

バタンと大げさな音をたててドアを開けるなり診察室に飛び込んできたのは、灰色の髪の獣人。
彼は灰色の毛を持つ狼の一族。
その中でも彼は、若い狼達をまとめるリーダー的存在だった。
にも関わらず目に涙さえ浮かべて、目の前に座って優しく微笑むロリエルに訴える。

「今日は、何か言われたのですか?」
「何にも…何にも言われてねぇ。俺を見るとあのコは逃げちまって…」

彼が言う「あのコ」とは、同じ一族の若い娘であり、彼の片思いの相手でもあった。

「俺…あのコに嫌われてんのかな…」
「そんなことはありませんよ。彼女はとっても恥ずかしがり屋さんなんです。何かを伝えたくても伝えられないのです」
「そうは言ってもよぉ…」

彼は今にも泣きそうだった。
普段人前で涙など流さない彼が、唯一涙を見せられる存在。
それほど彼はロリエルを慕っていた。
そして、そんな彼が恋い焦がれる彼女もまたロリエルを慕う者のひとりだった。

「彼女には、ちゃんと伝わっていますよ。あなたには伝わっていないようですが…もう少し、彼女を待ってあげてください」
4  
そんな二人のすれ違う恋もいつしか実り、狼達は森中を駆け回って二人を祝福した。
診療所にも便りが届き、ロリエルと両親は喜んで彼らに祝いの品を贈った。

ある日、いつものように大げさに音をたててドアが開いた。
ロリエルが出てみると、目に涙を浮かべた彼が立ち尽くしていた。
彼は恋人とうまくいかなくなったり、仲間と喧嘩をして傷だらけになったりするたびに診療所を訪れていた。
しかし今回は、明らかにいつもとは様子が違う。

「た…助けてくれ、あのコが…」
「どうされましたか?」
「…あのコが、死んじまうよぉ…!」

急いで彼女の家に駆けつけると、彼女はベッドの中で息も絶えだえになっていた。

「いつから、こんなことに?」
「さっきいきなり倒れて…ずっと苦しそうなんだよ…」
「いきなり…?」

彼女の顔は青く、細く開いた目には生気がなかった。
さらに目を見張るのは、彼女の頬や両腕に浮き上がった不気味な痣模様だった。
ロリエルは怪訝な表情を隠せなかった。
初めて出会う病気だったのだ。
立ち尽くすロリエルの目の前で、彼女は恐ろしい速さで衰弱していった。
5  
左手に灯る癒しの火は効かず、薬を調合している暇もなかった。
もう手遅れなのかと諦めかけた時、ロリエルの脳裏にふとある本の言葉が蘇った。

[竜の生き血で自らの喉を潤した者はいかに命の光小さくとも死の淵より必ず戻る]

それは、医学書ではない。
幼い頃に資料室で偶然見つけた本だった。
当時は意味すら理解できなかったその言葉を、なぜか忘れることができなかった。

「竜の生き血…」

何かにとりつかれたように腕が伸び、ベルトに装着された護身用の小さなナイフは初めてその刃をあらわにした。
その刃を、そっと腕に添える。
これで彼女を助けられるなら、彼の悲しみを防ぐことができるなら本望だった。
しかし、一刻の猶予もないにも関わらず、ひとつの言葉がどうしてもつかえていた。
本には「喉を潤した者」と書かれていた。
潤すというくらいなのだから、一滴や二滴では済まないはず。
そう考えた瞬間、あろうことか恐怖心が芽生えてしまったのだ。

(怖い…死にたくない…!)

癒しの一族の末裔とて、大量の血を失えば命にかかわる。
ロリエルの腕は震え、ナイフは動かない。
6  
苦悩は限界となり、ナイフを落として耳を塞いだ。
瞼は固く閉ざした。
もう、どうすることもできない

――突然、何かに呼ばれた気がして目を開けると、そこは真っ暗な空間だった。
目の前には目を閉じた彼女が立っている。
耳から手を離し怪訝な表情で見つめていると、彼女が突然目を開けた。
美しい空色だったはずの目は血のように赤く染まり、腕や頬の痣模様は同じ色に光り出した。
やがて彼女が口を開く。
その声は頭のなかに直接、頭を割るほどに響きわたった。

『〈白い魔物〉は誰をも救えない』


泣き叫ぶような声にはっとして我に返ると、彼女の胸にすがるように彼は泣き崩れていた。
痣模様は全て消え、瞼は閉ざされていた。
いたたまれずにその場から逃げ出し、診療所まで必死で走った。
自分は体が弱く、少し走っただけで倒れそうになることさえも忘れて走った。
優しい母の胸に飛び込みたかった。
ところが診療所にたどり着いていつものリビングに飛び込むも、母の姿はなかった。
リビングを飛び出して診察室に入った。

「母さま……っ…!」
7  
思わず息を詰まらせた。
診察室の患者用ベッドに横たわっていたのは、紛れもない、自分の父親だった。
さらにその腕や頬には、先ほど見たばかりの不気味な痣模様が浮き上がっていた。
ロリエルの声に、ベッドのそばに立っていた母親は力なく振り返った。

「…ローラ、お帰りなさい」

半ば諦めたように笑う母親の手には、ナイフが握られ、その切っ先は今にも自分の胸を貫こうとしている。

(母さま、やめてください…助かる方法はあるんです…!)

叫ぼうとしても声にはならず、動こうとしても足は進まなかった。
ふらふらとその場にしゃがみ込み目を固く閉ざした。
何も見たくない――

暗い空間、瞼に写った父の姿。
優しげな青い瞳のかわりにはめ込まれた、赤色。

『〈白い魔物〉は何を得ようと失う』


目を開けて立ち上がれば、父親の体から痣模様は消え、その表情は安らかだった。
母親は伸ばした腕を瞬時に曲げ、鮮やかな赤色がほとばしった。
それらの光景を、ロリエルはただ立ち尽くしてぼんやりと見つめていた。
8  
父親の右手に一冊の本。
それは、ロリエルが生まれてから1年の間、父親が1日も欠かさずに書いた日記帳。
手に取って表紙を開いた。

[6/15
ついに子供が生まれた!女の子だ!
でも、この子には色素が全くない。
早く何とかしなければ、この子は殺されてしまう…]

色素が、全くない?
ロリエルは首を傾げた。
自分の髪は確かに白い。
しかし、瞳は青色だ。
色素がなければ瞳は赤色になるはず。
そして、殺されてしまう…とは?
ページをめくった。

[6/18
色素注入は成功。
これでこの子が不吉な〈白い魔物〉などという名前で呼ばれることはないし、命を狙われることもないだろう。
それにしても綺麗な純白の髪だ。まるで天使のようだ。
相談の結果、名前はロリエルになった。]

ロリエルの目は次第に見開かれた。
脳裏にあの言葉が蘇った。

『〈白い魔物〉は誰をも救えない』

『〈白い魔物〉は何を得ようと失う』

震える手で日記帳を閉じた。
父親の胸にそっと置いた。

「不吉な…〈白い魔物〉。それが私…」

自分の純白の髪をそっと撫でてみた。
手足は震え出し、目には涙が溢れた。
9  
数え切れないほど長い年月を、ロリエルは診療所で働きながら孤独に過ごした。
あのような出来事があったにもかかわらず自分を責めることなくあれほど慕ってくれた狼達も、いつしかいなくなっていた。


膨大な数の資料や研究のための機材、薬品のほとんどは、運び屋に預けた。
あとは自分だけ。

ロリエルはドアに紙を貼り、診療所の裏に眠る両親の墓石にキスを贈ると、自分が生まれた診療所をあとにした。

大好きだった家を、旅立った。


[森の民へ

今までお世話になりました。
薬は少し残しておきます。自由に使ってください。

ロリエル・シェリーハーツ]


 ― fin ―
10  
■あとがき

ローラが生まれてから神界を出るまでを綴った「愛されしアルビノ」、いかがでしたでしょうか?

意外と短くまとまりました。
良かったです(ホッ)

よろしければ「Message」のローラスレッドにて、ご意見やご感想、厳しいご指摘から激しいツッコミまで、頂けたら大変嬉しいです^^*

最後に、ここまで読んで頂き誠にありがとうございました。