1 ヴィアレス=ブロード

戦乙女〜編ノ章〜

その手を 離したくはなかった

だって 可愛らしいから

とっても 愛しいから―…

だから 本当は


この 白く


何よりも気高く


細く そして


そして―…


何よりも 弱い


あの子の手を


離したくは、なかった。
2 〜T〜
始めは、分からなかった。
鏡に映るその姿は、一体誰なんだろうと、思わず目を丸くした。
それから暫く固まって、漸く理解した。

―…これは、自分だ…―

赤い眼光、青白い死人の肌、尖った耳に、鋭い爪。
変わらないのは、銀の髪だけ。

ああ、申し遅れたわね。アタクシはヴィアレス=ブロード=ヴァルキリア…だった。
そう、「だった。」のよ、過去の名前だもの。
今は…まぁ、面倒臭いし、とりあえずヴィアレスとしておきましょうかしら。

見慣れない姿を鏡の前で多方向にわたってマジマジと見つめる姿は、きっと愚かしい他にないだろう。
けれど仕方ないのだ。
なんせ、魔の存在に仲間入りしてから、まだ一日と経っていないのだから。

「おっ。姉ちゃん、気ぃついたのかい」

鏡にへばり付いていると、何とも威勢のいい男の声が響いた。
3 〜U〜
そちらを振り向けば、そこには何とも体格のいい、中年の男の姿。
男は喜々とした様子で、更にこちらへと歩み続ける。

「いやぁ…驚いたぜ?ここの近くの祠に供え物しに行きゃあ、アンタが倒れてんだからよぉ。でも元気になったんなら何よりだ」

何も言わずにただ話を聞いていれば、さすがに男はこちらを見て眉を潜めた。

「なあ、ネーちゃん…もしかして耳が聞こえな…っぐ…」
「聞こえていてよ、耳障りな程に。いいこと?これからする質問に、正直に答えなさい…でなければ…分かるわね?」

女と侮るなかれとはこの事、片手で男の首を絞めて持ち上げれば、恐怖に瞳は揺らいでいた。
苦し紛れにも言葉に相槌を打つのを確認すれば、持ち上げたまま首から手を放す。
男は大きく噎せこんで床に落ちると、その体格には不似合いだと笑えてさえくる程に、震えながら蹲った。

「ウフフ…怖がる事など、何もなくてよ?貴方は質問にさえ答えれば良いのだもの」
「わ、わかった…な、何が、聞きたいんだ?」
「まず、アタクシは、どれくらい此所にいたの?」
4 〜V〜
「さ、三時間くらい…だな」
「…本当に?」
「あ、あたりめぇだ!そんなこと嘘ついてどうすんだ!」
ビクビクしながら答えられた言葉に、アタクシはジロリと睨み付けたながら問い掛けた。
男は焦ったように即答したが、と言うことは事実らしい。
「まあ、いいわ。…次、ここはどこ?」
「俺の家、だ」

気を取り直して問うた言葉には、望まぬ答え。アタクシが聞いたのは、「どの世界の、なんと言う地」なのか。
馬鹿げた返答に片眉を跳ねさせると、男はやはり焦ったようにこちらを見た。

「な、なんだよ。間違ったことは言ってねぇぞ!」
「あのね…そんなことは聞いていなくてよ?アタクシは『どの世界のどの大地』なのかを聞いているのよ」
「なんだよ。だったら始めっからそう言えよ!」
「……アタクシが悪いって言うの?」
「う…いや…」

しどろもどろな姿に溜め息をついて、アタクシは片手でこめかみをおさえた。
よりにもよって、こんな男に保護されるだなんて…天に見放されるとは、まさにこの事だと思わずにはいられなかった。
5 〜W〜
「で、どこなわけ?」
「人間界の、森の中。この村は地図には乗ってねえから、外部には知られてねえんだ」
「なるほど…」

神王の失敗とも言える。
本当ならば森の奥…人も寄り付かぬこの場所でアタクシを飢え死にさせるつもりでいたのだろう。
それなのに、地図にも載らぬような人の住家があり、そうしてアタクシは運良く救われてしまった…。
神王だけでなく、アタクシにとっても誤算だけれど…「ざまあみろ」とは、このことだ。


「…アタクシはヴィアレス。これから一週間、ここにおいてくれないかしら?もちろん、タダでとは言わない」
「なら…なにをしてくれるんだ?」
「そうね…この村は自給自足かしら?…それならアタクシ、狩りをしてさしあげるわ」
「お、おいおい…狩りって、ネーちゃん…」

男は呆れたような顔をした。
女が狩りなど…そう言われるのは重々承知である。
承知のうえで言った言葉に、少なからず自信があった。

「掛けても良くてよ?これから一時間で、アタクシは大きいのを捕まえる…どう?」
「できなかったら?」
「その時は、すぐにでも出て行く…よろしくて?」
「OK…なら一時間後、楽しみにしてるぜ」
6 〜X〜
約束の一時間後…言った通りに大猪を背に背負ってアタクシは家に戻った。
もちろん男にしてはタダの大ホラだと思っていたらしく、開いた口がふさがらない。
勝ち誇った笑みを浮かべて、猪を放り投げれば男は溜め息をつく。
…そんな馬鹿な…
大方、言いたいことはそれだろう。が、約束は約束。
アタクシはニッコリと笑みを浮かべて男を見上げる。

「約束、守って頂けるわよね?」
「…約束、だからな。しゃあねぇ、一週間、うちに置いてやるよ」
「うふふ、話が分かるわね。で、貴方、名前は?」

話が丸く収まったところで、先程から気になっていたことを問うた。
しかしながら問われた男は、何を今更とでも言いたげで…しかしながら、アタクシには教えてもらった記憶などなくて。

「名前、教えて頂けなくて?」
「教えて…なかったか?俺」
「教えてもらってないから聞いているのよ」
「そうか。…俺ぁ、マクトレアス。皆はマクスって呼んでるぜ?」
「そ。じゃあ…マクスって呼ばせて頂くわ」
7 〜Y〜
こうして、アタクシは見ず知らずにしてお人好しの男…マクスの晴れて同居人となった。
とても短い時間ながら、たくさんのことを話した。
生い立ちや、兄弟姉妹、好きなものや苦手なもの…たった一週間なのに、まるで二人はもっと前から知り合いで、ずっと一緒に居て、これからもそうなるんじゃないかと…錯覚しそうにさえなった。
そうして目まぐるしく日々は過ぎ去って、最後の夜…月は、憎い程に美しい満月だった。

「ありがとう、マクス…アタクシ、そろそろ行くわね?」
「別に、急いで出て行くこたぁねぇ…ゆっくりしたけりゃ、まだ此所に…」
「…アタクシも、できたらそうしたいって…思ってるわ」
「だったら居りゃいい。誰もお前を邪険になんざ…」
「ダメよ…それじゃ、ダメなの」

だってアタクシは、死に損ないだもの。
そう言ったら、マクスの表情は見る見る強張っていった。
自分の表情も、人のことは言えないのだけれど…。
今の己は、彼の住む村を守ってやれる程の強さがないことを、深く理解していた。
故に…こうする他、道はないのだと。
“ヴィアレス・ブロード・ヴァルキリア”は、生きていてはならない。
死ぬべき存在は、生かしてはならない。
だから、誰かがこの命を奪いにくる。
そうなる前に、この村を出るべきなのだ。
そうでなければ…村人に迷惑が掛かる…。
8 〜Z〜
「神界はね、人間が思う程、やさしくはないの。生き物だもの…神格のための争いだってある。ここに居座ったら、確実に追っ手が来て村を苦しめる。だから、そうなる前にアタクシは…」
「だったら皆で追い払ってやらぁ!だから行くなよ…村の奴等も、お前のことが好きなんだよ…だから…」
「だから、嫌なのよ。アタクシのせいで誰かが傷つくなんて…。アタクシだってこの村が好きよ?アタクシは人間じゃあないのに、そんなこと気にしずにアタクシを受け入れてくれて…だから、だから失いたくないのよ」

声が震えていた。
こんな風に、何かを愛したのは久しぶりだった。
いつだって自分さえ良ければ、他はなんだって良かったのに。
たった一週間だったのに…この枯れきった心は、何かで溢れていて。
どうしようもなく愛しい…この懐かしい感覚を、絶対に手放したくはなかった。

「大丈夫。離れていても、アタクシはこの村が好き。それだけは変わらない事実だもの。…違って?」
「……は…確かに、違いねぇ」
「でしょう?それに、今生の別れにするつもりなんてなくってよ?また来るから、だから…また、来ても良いかしら?」
「ったりめぇだろ。此所は俺の家で、ヴィアレスの家…いつでも帰って来い」
「うふふ…じゃあ、行って来るわね?」
「おう。またな」

そう言ってアタクシたちは別れた。
これが、今生の別れになるとも知らずに…。
9 〜[〜
夜も更けはじめていた。
空が白みがかって、草花は朝露に潤い、小鳥は囀りを開始していた。

ああ、なんとこの地の穏やかなこと…。

やがて見えた朝日に目を細めて手を翳す。
それだけの動作さえ楽しくて、目的も宛もない、これからの旅が明るいものになるのでは…そんな期待に胸を高鳴らせた。
まるで純真無垢な少女のようだ…なんて言ったら、それは過ぎた事かもしれないけれど、大丈夫だと、なんの根拠もなく思える自分もいて。
それが命とりだった。

「ヴィアレス、覚悟せよ!」
「!!!?」
「神王陛下の名の元に、御因子を抹殺する」

高らかに宣言する声とともに己に放たれるは矢じり。
長年の戦身にて染み付いた習性のおかげで、なんとか敵の攻撃を避けきる。
それから、そちらを振り返って反撃の構えをとった。
…が、その姿を己の目で捉えた瞬間、驚愕に手も足も動かせず、立ち尽くした。
そうだ…アタクシは、あの矢も、この声も、その姿も良く知っていた…。

「…シャン、ディア…」
「儂の名を気安く呼ぶでないわ、この裏切り者めが!」
「………。」

アタクシが大好きだった、可愛らしい大きな漆黒の瞳には、今や憎悪しか移っていなかった。
小さな身体を強張らせて、まるで汚いものでも見るように、当然の如くこちらに向かって弓を構えている。
そうして今、やっと、罪の重さを知った。
否、知ってしまった…だから抵抗する気すら起きなかった。
10 〜\〜
この娘になら、殺されても良いかもしれない…。
そんな風に思って目を閉じた。
同時に矢が風を切る音がする。
放たれたのだと理解して、この身を射る瞬間を待つ。
しかし、その時は一向にしてやってこなかった。
一体どうしたことかと不思議に思い、ゆっくりと瞼を開く。
そうして広がる視界に映し出されたのは、金色の光だった。

「…どういう、こと?」

金色の光は、突如として現れた女性の、その美しく長い巻き髪の事を指す。
身体を独特の騎士服に包みこみ、腰を引くく構えてアタクシの前に立っていた。
けれどアタクシにはその事実が今だに信じられず、彼女の名を呼ぼうと、ゆっくりと口を動かす。

「セリシアーシャ…貴女、帝国に行ったんじゃ…」
「もちろん、今でも帝国にいる。が、ヴァルキリー部隊が人間界に向かったという情報を手にしてな…もしやと思って追って来たのだ」
「どう…して?」
「愚問だ、ヴィアレス。お前は…私のたった一人の姉なのだ。見捨てるわけなどない」

そう告げたセリシアーシャは、誇り高かった。
自信に満ち溢れて、美しく、気高い。
そんな彼女を見て、なぜだかアタクシは身体の力が抜けて、その場にヘタリこんでしまった。
11 〜]〜
「さてシャンディア…ヴィアレスから手を引くといい。私を怒らせたくはないだろう?」
「む…なにを言うかと思えば、そのような戯言は聞かぬ!儂は神王陛下からの命を遂行せねばならぬのだ」
「陛下の命令…か。…シャンディア、そこにお前の意思はあるのか?」
「なんじゃと?」

セリシアーシャの言葉は低く、けれど余裕の笑みが浮かんでいた。
逆にシャンディアは完全に、彼女の雰囲気に気圧されて焦っているようだった。
対峙する二人は、それ以上言葉を交わすことなく武器を構え、アタクシがそれを制止ようと身を乗り出した瞬間…第一撃が繰り出された。

「シャンディア!セリア!!」

それからは二人、止まらなかった。…といっても、状況はセリシアーシャの圧倒的有利。
雨のように降り注ぐ矢を、セリシアーシャは的確に剣で切り落とし、一歩、また一歩と前に向かって進んで行く。
そうして漆黒の戦乙女の間合いへと入れば、双剣は風を纏い…

「っきゃああああっ」

力任せに剣を振り切れば、風は刃となって少女に襲いかかった。
それはひとつではなく、無数の刃。降り注ぐ矢さえも破壊して、彼女を襲ったのだ。

「…まるでなっていない。この一撃を防ぐことすらできずに戦乙女を名乗るとは…シャンディア、愚かしいにも程があるのではないか?」

「…っ……黙れ!裏切り者が…誇り高きヴァルキリーを愚弄するな!!」
12 〜]T〜
「では…誇り高きヴァルキリー、お前の正義はどこにある?」
「うるさい!黙れ売国奴!!お前こそ正義とは何じゃ!?神王陛下を裏切り、無断で帝国へと行くような者が偉そうに…お前を姉と慕った己が愚かしいわっ!」

セリシアーシャをまくし立てるシャンディアの目には、もはや憎しみしかなかった。
だれよりも大切だったのだろう…。
何よりも信頼していたのだろう…。

それなのに…アタクシは…。

「もう、良いわ…」

こんな筈ではなかった。
けれど結果、可愛い妹達を引き離して、運命の輪は巡ってしまった。
過去は紡がれたが最後、紡ぎ直すことはできない。
現在は編まれ続けるのだ。
ならばアタクシ達が選べるのは、未来だけ…。
最も、選択肢は一つだけなのだけれど…。

「セリを逃がしたあの時に、死は覚悟しているの…。今更、命なんて惜しくないわ?」
「ヴィア!?何を言うのだ、そんな事…」
「いいの。…いいのよ…」

アタクシがそう言えば、穏やかに風は吹き抜けていった。
いっそ場違いな程に優しい風で、思わず泣きたくなった。
そうしてアタクシは胸の中で涙を流して、漆黒の戦乙女に、この身に宿った魂を差し出そうと歩む。
少女は怯む事なく、弓を張る。
そして金の女神は、アタクシを助けようと、その手を伸ばした。
13 〜]U〜
伸ばされた手を、掴む事は出来なかった。

本当はその手を掴まえて、ずっとずっと…一緒だと言いたかった。
私の大事な妹だから。

本当は…
あの時も…

「貴女を…行かせたくはなかったわ…」

紡いだ瞬間、アタクシに向かって矢は放たれた。


ああ、アタクシは死ぬんだと、どこか他人ごとのように思う自分がいた。
駒送りのようにゆっくりと、矢は真っ直ぐにこちらへと向かってくる。
それから…

それから…


アタクシの視界は、暗闇に支配された。

「…?…え?」

けれど痛みはなくて、体に違和感もない。
いや、あるといえばあるのだけれど…。
ゆっくりと記憶を辿って、現状を把握して。それから、漸く理解すると、アタクシは驚愕に声が出なかった。

「………っ……?」
「おう…大丈夫、みたい…だな」
「……ど、して?…マクス…」
「村、が…、襲われて…。お前の、ことが気…になって…はは…ざまあねえな」

アタクシの目の前に、マクスがいた。
アタクシを抱き締めて、笑っていた。
苦しそうに息をして…その背に、乙女の放った破魔の矢をうけて。

「アタクシを…庇ったの?」
14 〜]V〜
掠れていた。
どうしてかは良く分からない。けれど声は震えて、彼の背に腕を添えるのにも時間が掛かって…。
思考が止まってしまいそうで、けれど目の前の事実に、勝手にいろんな事が脳内を駆け巡る。

どうしよう どうしよう どうしよう

どうすればいい どうしたらいい

何とかしないと でも…何をしたら…?

アタクシが呆然としながらそう思っていると、背後から金髪が一房、肩に触れた。

「ヴィア…どけ、傷を直さねば」
「ぁ…セ、リア…アタクシ…」
「ヴィア、早く。」
「ア、タクシ…アタクシ…」
「ヴィア!!」

背後から激しく肩を揺さぶられて、ようやっと我に返ればそこには血に塗れたアタクシの腕と、血の気をなくしたマクス、それから後ろには心配そうにこちらを伺うセリシアーシャと…ずっと向こうには、放心したように佇むシャンディアの姿。
15 〜]W〜
ああ、全てが手遅れだ。

何もかも、この手で壊してしまった。

もう 戻らない





戻れない………。


「ふ、……ふふふふ…」
「ヴィア、早く…」
「あっはははははは!」

事切れたように、アタクシは己の腕の中で横たわるマクスを掻き抱いた。
誰にも奪われぬよう。
誰にも渡さぬように。

なんと無様なことだろう。
なんと愚かなことだろう。

良しと思って選んだ道は、輪を軋ませて壊しただけだった。
何もかも、この手から擦り抜けて。
何もなくなってしまったのだ。

無様で、笑いが止まらない…。

「はは…あっははは…あ、はは…」
「ヴィア…ヴィア、その男を離すんだ。今なら…」
「嫌よ!離さない…離さないわ…もう遅いの、手遅れよ。何もかもお終い…もう戻らないの」
「…ヴィア…」
「貴女を手放したあの時に、全て壊れたのよ。貴女を手放しさえしなければ…マクスがこんな目にあうこともなかった。」
「ヴィア…それは違う。そのような…」
「何が違うの!?違わないじゃない!!」
16 〜]X〜
もはや、堕落しきっていた。
何かのせいにしなければ、
何かに縋っていなければ、
アタクシが壊れてしまいそうだった。

「アタクシたちは…運命神。アタクシが過去を編み、セリシアーシャが現在を紡ぎ、そしてシャンディアが未来へ導く…そのアタクシたちに、“違う”などと言う権利があって!?国を捨て、アタクシを…シャンディアを捨てた貴女に、そんなことを言う権利があって!?」
「…ヴィア…私は…っ」
「ヴィア姉者の…言う通りじゃ…」

セリシアーシャが何かを言おうとしたが、それを遮るように、少女…シャンディアの声が聞こえた。
その瞳に生気はなく、ただハラハラと、涙が零れていた。

「セリ姉者は…儂を捨てていきおった。儂のことなど、どうでも良いのじゃろう?…儂など、端から妹などと思うておらなんだのだ…だから、姉者は…、…姉者は…迷うことなく皇帝をとったのじゃろう!!!」
「シャンディア…」
「儂は、皇帝が憎い。姉者を儂から奪った皇帝が。儂を裏切った姉者が、その姉者のために追放されたヴィア姉者が…儂は今…全てが憎くてたまらぬのじゃ!神王陛下に仕えてこその戦乙女ではなかったのか?主神に盾突くなど神にあらず。何故に儂にそなたらを殺させる真似をする?儂はただ、姉者が大好きなだけなのに…何故に儂が、二人をこの手に掛けねばならんのだ…」

ただ静かに、末妹の紡いだ言葉は辺りに響いた。
苦しいほどに、アタクシの胸に染み入った。
憎いに決まっていた。
そして何より、悲しいと。
17 〜]Y〜
だってそれは、アタクシにも覚えのある感情だったから。
何も言えず、ただ彼女を見つめるしかなかった。

だから、気付けなかった…。
一陣の風が吹き抜けて、
思わず目を閉じ、ゆっくりと開けて、
視界に広がったのは、血の海に横たわる漆黒の戦乙女。
深く、深く、左肩から右の横腹までを斜めに肉を抉られて。
身体を痙攣させながら、こちらへと必死に手を伸ばしていた。

「シ…シャンディアァァアァ!!!!」
「あ…ね、じゃ……っど…して…」

アタクシが、シャンディアへと身を乗り出すと、抱き締めていたはずの男の姿がなくなって、
変わりに、アタクシの背後から生暖かい雨が降ってきた。

「……ぇ?」
「私の目的は、ヴィアレスの保護だ。その目的を邪魔するのであれば、如何なる者であろうとも容赦はしない。それが非力な人間でも…かつての妹でも…な。」

聞こえた声は、随分と冷たかった。それから何かが地面に捨てられたような音がして、アタクシはゆっくりと振り向いた。
そこには、先ほどまでこの腕に抱いていたマクスの、変わり果てた姿…。
胴を切断され、絶命している。
先ほどの生暖かい雨は、血飛沫だったのだろう…辺りには血が飛び散っていた。

「な、に…どうして…」
「目的のためだ。私は、目的のためなら手段は選ばない。だから殺した」

紡がれた言葉は、やはり冷たかった。
18 〜]Z〜
とどめだと言わんばかりに、彼女は血まみれの剣を振り上げる。
その標的は、事切れる寸前の妹で。
アタクシはそれを阻止すべく、セリシアーシャへと駆け寄った。

「や、やめて…やめて、セリーッッ」
「…遅い」

けれど、届かなかった。
アタクシの声は彼女に届かなくて。
振り下ろされた剣によって発せられた風の刃は、無情にもシャンディアの命を絶ったのだった。

「う、そ…うそ…。こんなの…うそ、よぉ…」
「…立て、ヴィア。じきに他のヴァルキリーが来る…その前に帝都へ…」
「…何よ…それ…」
「……」
「何なのよ、それは!!」

当然のごとく、セリシアーシャは言い放った。
煩わしそうに剣に付いた血を振り払って、さも当然のように、アタクシに手を差し延べた。
マクスを殺し、シャンディアを殺したその手を、当たり前のように…。
激昂したアタクシはその手をはたき落として、睨み付ける。
勢いに任せて、その胸倉を掴んで…怒りに身を任せるしかなかった。

「何故、何故殺したの!?殺す必要などなかった筈よ!シャンディアはアタクシを殺したかったわけじゃない…マクスだって、アタクシを助けただけな…」
「私にとって、今何よりも大切なのはヴィアレスという存在だけだ!」
「なんですって…」
「これが、私がヴィアに与えられる生きる理由だ。…私を憎め…憎んで…生きて、姉様…」
19 〜][〜
どれくらいの日々が流れたのだろうか。
人の姿や文明が動いていく中、この空とこの地は、変わらぬ姿を残していた。

「ここに来るのは、何時くらいかしら。」

手には白百合の花束、身なりを喪に服して、かつて地を啜り、赤黒く豹変した土へと、花を添える。
ここは、マクスとシャンディアが…いいえ、アタクシを匿ったせいで、村人さえも殺された地。
あの光景は、どれだけの時が流れても忘れられない。

「……ヴィアレス…?」

ソロリと土を撫でていると、驚いたかのように紡がれた、自らの名。
立ち上がってゆっくりと振り返れば、あの時と変わらず、美しい金の光を纏った妹が、アタクシ同様白百合の花束を持って立っていた。

「久しぶりね、セリ。」

不思議と、憎しみは湧かなかった。
憎んで欲しいと言われた時は、当然だと思っていたのに、今は……以前よりも愛おしい。
これも全て、時間が成してくれたのだろう。

「アナタに帝国へ連れて行かれて、…でも、直ぐに魔界へ行ったわ。そこでいろんなものを見て…知ったのよ。」
「そう、か。」
「憎んで、殺すために、力を付けた。けれど、力を持つ度に、何かが違う気がした。……分からなくて、そして今、分かったの。」

なんて穏やかなのだろう。
この気持ちをマクスやシャンディアは許してはくれないだろう。
けれど、それでも……。

「有難う、アタクシを生かしてくれて。ありがとう、アタクシを姉と思ってくれて。」
「……ヴィア、レス…。」
「今なら、今だから分かるの。アナタがなぜ、わざわざ二人を手に掛けたのか。…アタクシの、たった一人の可愛い妹…、アタクシはまだ、アナタの姉を名乗る資格を持ち合わせているかしら?」

はじめこそ、驚いていた。
翠の瞳を丸く見開いて、狼狽えていた気さえする。
けれどすぐに、泣きそうな、けれど安心したような笑みを浮かべて……何だかアタクシまで安心してしまったわ。

「アタクシたち、随分遠回りしてしまったみたいね?」
「……だが、必要だったのだろう。」

つないだ手と手。
二度と離さないというように、きつく握りしめた。
20 〜終ノ章〜
アタクシは現在(いま)、歌を歌っている。
専ら専門はオペラだけれど、童謡や、妹にせがんで無理矢理一緒に歌わせたり……。
ああ、自己紹介がまだだったわね。
アタクシはヴィアレス・ブロード。
ロード公邸宅に仮住まいしている、ナイスバディな魔属よ。
必要悪ってあるじゃない?
たまに裏通りで悪さして、たまに魔界へいってストレス発散して、そんな感じで人生エンジョイしていてよ。
……アナタはどうかしら?
嫌なことや辛いこと、悲しいこと…生きていれば、色々なことがあるけれど、挫けてはだめ。
全部ひっくるめて、楽しまなくては損だもの。

「ヴィアレス、客人用のお茶請けを食べたな!?あれほど食べるなと言っただろう!!」

あらあら、言っている側から、アタクシ最大の大ピンチではなくて?
まあ、分かっていたことだけれど。


うふふ……さあ、アタクシの話はオシマイ。

次の話を、お探しなさいな?


〜End〜
21 後書きという名の反省会
やっっと、完成ー!!

言葉足らずなとこが多々ある気がしてなりませんが、補足するところは一つ。

ヴィアレスがセリに再会したときに、彼女を許せたのは、セリがマクスとシャンディアを手に掛けた意味を理解したからです。

その理解の内容は…言いません。皆様で考えて、セリの思いを分かってほしいです。

ちなみに、シャンディアは死んでません(笑)
そのことについては、また次回の小説で…。
ここまで読んでくださった皆様に、感謝を。

ありがとうございました。