ロリ体験告白!
アナタのロリな体験談を書き込んでください。
▼あさこ
女性
ピアノの先生におまんことアナルはおちんちんを入れる所だと教え込まれて、しばらく経ってから、また別のおじさん先生と関係をもつようになりました。

初対面から私をいやらしい目で見ていたし、私の好みのおじさんだったので、誘われるまま、先生が一人の時にその事務所に遊びに行きました。

当時六年生だったわたしは、すでにBカップくらいにはおっぱいが育っていましたが、体育のある時以外はノーブラでした。
勿論、私服で胸が目立つ時はつけましたが、その時はわざとノーブラにピンクの薄いカットソーにミニスカートで行きました。

胸を張ったら、もしかしてノーブラかもと思われるような格好です。
カーディガンは持っていきましたが脱いでいました。

先生は、話ながらよよにに近づいてきて、ソファのすぐ横に座った時、私は早く先生に触れて欲しくて、
「先生、指相撲しよう!」
と言って、先生と指相撲をして、勿論勝てないから、何度かしながらじゃれついてる中で先生の手を私のおっぱいに触れさせたり、私の唇に触れさせ足りしました。

先生のおちんちんはもう大きくなっていて、私と繋いでいる手を引っ張って胸の中に収めると、「可愛い、可愛いよ。可愛いから」
と言いながら体をまさぐってきました。
ノーブラのおっぱいを触られて、アンアン喘ぎながら、先生のおちんちんを擦ると、
「エッチなんだね。おちんちんもう触ったことあるの?」
「だって、電車の中で毎日」
「痴漢に毎日触られてるんだ。可愛いもんね。毎日触られて感じるようになっちゃったんだ。おっぱいも六年生なのにおっきいよ。痴漢に毎日揉まれて育っちゃったんだ。
ほら、こここんな濡らして、エッチな体だ。
可愛い声だね。どこまでしたことあるの?
もうチンこ入れた?体はチンこ欲しがってるよ。あさこちゃんのここにチンこ入れたい。
チンこ入れて先生のものにしたいよ。」

だいたいこんな事を言って、私が中学年の別れた彼氏と初体験を済ましたとうそをつき、先生は遠慮なくズブっと一気におちんちんを入れてきました。
▼あさこ
女性
ピアノの先生とのエッチはレッスンの後、私に痴漢にどんなふうに触られ、私の体はどうなってしまったのかを、私の体を痴漢のようにいじめながら報告させることから始まります。

アンアン喘ぎながらエッチな声で報告する私は、おまんこをビショビショにして、いやらしい顔をして淫乱そのものでした。

当時はビデオなんですが、撮影されてました。

先生は私がまだ体も未発達の幼い子供のくせに、先生のおちんちんだけでは足りない淫乱娘だと罵り、今も触られながらおちんちんを待っている体であることを責められ、お尻をペンペンされました。

私が悪い子なので謝るように叱られ、私は半泣きになりながら、
「いやらしい子でごめんなさい。痴漢に触らせてごめんなさい。痴漢に触られて感じてしまってごめんなさい。おまんこを濡らしてごめんなさい。男の人を誘惑しておちんちんをしゃぶってごめんなさい。でもあさこのおまんことアナルは先生のものです。他の男の人は手やお口でしごいているだけです。素股でヌルヌルしているだけです。あさこのおまんことアナルに先生のおちんちんを入れてください。」

みたいな事を言わされてました。

ほんとは六年生や中1には他の男の人ともセックスしてたんですけどね。

ちなみに先生の好みで髪型はおさげか、ツインテール。

スカートに白ソックスでした。

私服でもレースの白ソックスはいてました。

全裸はありません。いつも着衣のまま。
▼あさこ
女性
小学四年あたりから胸が少しずつ膨らんで来ると、そんな未発達な胸が大好きな痴漢によく襲われました。

電車でも触られまくりましたが、公園や駐車場なんかで声んかけられ、肩を抱かれながらその手がよよに脇から胸へというコースがよくありました。
わたしが恥ずかしくて下を向いて大人しくしてると、空いてる手で前から胸を擦り、それでも逃げないと服に手を入れて弄られました。

大抵、おっぱい丸出しにされて舐めたり揉まれたりしながらおちんちんしごいてました。

おっぱい痴漢は痛い事が少ないし、気持ちいい事が多いので好きでした。

五年生の頃には背も伸び、あそこは濡れるようになり、おまんこ派の痴漢も加わりました。

朝の電車では痴漢に囲まれ苦しい程に慰みものにされました。
感じたり痛かったりなんですが、それが同時に与えられ、クリもアナルも乳首もコネコネされて、おちんちんもしごかないといけないし、時にはいかされちゃうし、一時は逃げまくりましたが、大人たちには勝てず、相手をさせられました。

私もエッチな子なので、その時には嫌でも、またいやらしく触ってほしくなっちゃうのです。

勿論、誰にもそんな事は言いませんでしたが、ピアノの先生にエッチな子だと見抜かれて、5年6年中1と三年間エッチな関係になりました。

きっかけは、私がお稽古に行く途中で痴漢に遇ったことです。
胸もおまんこもさわられ、おまんこをぐちょぐちょにして感じちゃってる私をバッグから素股で犯すというけっこう濃厚な内用で、当然お稽古は遅刻。

エッチの余韻の残る体で先生に謝ると、先生は私のとろんとした顔を見て、熱があると思ったのか額と首筋に大きな手を当てました。

熱があるぞと言って、私をソファによこにさせてくれた時、偶然先生のてが胸にかすりました。

「ああん。」

思わず感じてビクンとしながらエッチな声が出ちゃいました。

先生はごめんねといいながらタオルケットをかけてくれました。

私は恥ずかしくて寝たふりをしました。

すると先生は私の胸をそろそろと触り始めました。
ピクンピクンしながら、アッアッと小さく喘いで感じていると、アソコもなで始め、私はドキドキして、先生にもっと触って欲しくて、体をのけ反らせながら足を少しずつ開きました。

先生は我慢できないといった感じでタオルケットをとると、私に覆い被さるようにして下着の上からおまんこを愛撫してきました。

当然もうグッチョグッチョで、先生はさらに息を荒くしながら、

「なんでこんな濡らしてるの?」
と聞いてきました。

私は正直に、痴漢に触られたことを言うと、

「可愛いし、色っぽいから仕方ないね。
触られてこんな濡らして、感じていかされたんだろ。いやらしい顔してたもんね。」

といいながら胸も丸見えにして愛撫してきました。

もうすごくエッチな気分になった私は、喘ぎまくりました。

素股をしていた先生は、

「我慢できない。もう入れちゃうよ。」

と言いましたが、私は意味がわからず、なんとなく

「うん。」

と言いました。
セックスの方法知らなかったんです。

先生はおまんこにおちんちんを宛がうと、ずくずく進めてきました。

痛いより怖くて腰を引いて逃げましたが、先生に押さえつけられて最期まで。

「処女なのか。エッチなきみが誘ったんだよ。
最高だよ。」

先生はお腹に出しました。


それ以来、レッスンの度に先生とセックスしてました。
先生は私があった痴漢の報告をさせ、淫乱娘と罵りながらおまんこもアナルも犯しまくりました。
▼あさこ
女性
ロリコンの伯父さんにお世話されていたせいでエッチな子になった私は、しょっちゅう痴漢に体を触らせてました。

痴漢に遇う場所は電車や公園が公衆トイレが多かったです。
私立に通っていたので、朝の電車ではロリコン痴漢に体を触らせて感じていました。
低学年は当然せが低いですし、触られるのは胸やお尻やアナルでクリはほとんどないです。
お尻やアナルは人気?で、下着の中にてを入れられ直に触られてました。
アナルはクリームをつけて指を出し入れされると痛くなくて気持ちいいと知っていたので、一度痛い目にあった後は、あらかじめ家でクリームをたっぷり塗り登校するエッチな子でした。

当然、リピーターが多く、低学年で既に囲み痴漢に遇い、アナルや胸をいじられながら、おちんちんを握らされてました。

二年生の時には、下校中にいつもの痴漢に声をかけられ、言う事を聞かないと親にエッチな子だとばらすと言われ、公衆トイレで射精まで付き合わされたこともあります。
トイレの中で乳首をこねくりまわされ、おまんこを丸出しにさせられ、舐めらたり、アナル丸見えで指を突っ込まれたりされました。

恥ずかしくて恥ずかしくて早く終わって欲しかった。
体は感じちゃうけど嫌だった。

早く帰りたくて言われるままにフェラした。

昔伯父さんに仕込まれたの思い出しながら一生懸命、痴漢のおちんちんしゃぶった。

「上手だね。可愛くてエッチで悪い子だよ。ああ出るよ。出るよ。お口に出すからね。ああー全部飲んでェ、ああ、出てる、お口に出てるよ。」

痴漢は私の頭を押し付けて口に出し、おちんちんが萎むまでそのまま押さえつけてました。

苦しくて死ぬかと思った。

痴漢は逃げるようにトイレから出て、毎日のように朝あっていたのに、それ以降は姿を表しませんでした。
▼あさこ
女性
物心ついたときから、幼稚園の六歳まで日常的にイタズラされていました。
相手は伯母の当時の夫。
私の両親は共働きで、近くにすむ伯母の家に預けられる事が多くありました。
伯母の夫は、司法試験のために浪人しており家にいることが多くて、伯母はパートで留守にしていることが多かったです。

その伯父さんは、優しくて面白くて、おまけにハンサムで、私は大好きでした。

でも、私が寝ている時にはいやらしく体を触ってくるのです。
私の一番古い記憶は、おじさんが私のおまんこを丁寧にソフトに舐め回す、というものです。

トイレの後は必ず大股開きで丁寧に拭かれ、うんちをした時にはシャワーで流しながらアナルの中まで指を出し入れされながら洗われました。

さすがに幼稚園の年中あたりで、伯父さんの私へのお世話の仕方がなんか他の人と違うと気づきましたが、ともかく伯父さんの事が好きだったし、親戚の中でなかなか仕事につかない伯父さんの立場が弱いものだと子供ながらに察していたこともあり、誰にも何も言わなかったです。

それに、胸やクリを優しく弄られるのは正直嫌いじゃなかった。

大好きな優しくてハンサムな伯父さんと結婚したいと思っていたし。

わたしがオシャマナ女の子になっても、誰にも言わずに大人しく体を触らせ、ディープキスを受けるのに安心した伯父さんの行為はエスカレートしていきました。

おちんちんにジャムを塗り、それを私にしゃぶらせたり、素股で射精したり、アナルにソーセージを出し入れしたり、セックス以外の事はされていました。

私が小学生になる前に伯母夫婦は離婚し、伯父さんとお別れとなりました。
伯父さんは、私が大人になったら迎えに来るよって言ってましたね。
離婚して数年間は私が随分世話になったということで、年賀状のやり取りを私と両親とでしていましたから、離婚原因は私への性的虐待ではなさそうです。

幼児の頃のイタズラは、トラウマになるひともいるでしょうが、私の場合は初恋相手だったせいかそんな事はありません。

ただ、いやらしく触られると気持ちいい事を早くから知ってしまったせいで、かなりエッチな子になってしまいました。

小学一年生からよく痴漢に遇いましたが、触らせちゃってましたね。
相手が興奮して触り方が激しくなると痛いからいやだったけど、優しいうちは気持ちよかった。
温かいおちんちんを握ったり、押し付けられるのも嫌いじゃなかった。
でも、しつこく付きまとわれたり、キスとかクンニはいやだった。勿論フェラも。
それは好きな人じゃないと。

勿論伯父さんは迎えに来ませんでした。
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